「ケルベロス第五の首」に関する枝葉末節メモ

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09/24/2005




「ケルベロス第五の首」に関する枝葉末節メモ

邦訳が出た一年ほど前に途中までメモしたものです。とことん枝葉末節に拘ってみようとの趣旨なので、木を見て森を見ていません。

The Fifth Head of Cerberus - 「ケルベロス第五の首」

  • P.10 デイヴィッドは金髪、「わたし」は色白で茶色の髪に茶色の目。
    - 各登場人物の目、髪、服装には要注意。
  • P.10 父がおそらくは不変の存在として加わっていた階級。
    - "the most permanent feature" という表現に注意。
  • P.10 父はすでに秘密警察に多額の賄賂を強いられていた。
    - なぜ? 売春宿を経営していたから? スパイ活動をおこなっていたこととはどういう関係か? 何に対するスパイ? クローニングあるいはその他の秘密の研究のため?
  • P.11-12 わたしは思い出した…何かが、幼い頃の記憶にある動作のようなものが、欠けていた。
    - 記憶の不確かさ。セヴェリアンの絶対記憶(と表裏一体の偽りの自己認識)。ラトロの記憶障害。プルースト?
  • P.13 だがなんという記憶だろう!
    - "but what memories!" どの記憶のことか?
  • P.13 父の肩に止まっている方輪の猿。
    - この猿には注意。
  • P.13 黒いスカーフとその下の深紅のドレッシング・ガウン。
    - この組合せは何かの象徴か? 悪魔?
  • P.13 ピンク色の服を着た、とてもきれいだと思えた女性が身体を前にかがめて目線を合わせ
    - この女性にも注意。この猿と女性は循環的な時間をあらわす? "The Urth of the New Sun" によく似たシーンあり。
  • P.16 『一マイルもある宇宙船』
    - 作者のケイト・ウィルヘルムは「ケルベロス第五の首」が掲載された"Orbit"の編集者でウルフの恩人であるデーモン・ナイトの奥さん。ちなみに「ケルベロス第五の首」はデーモン・ナイトに捧げられている。
  • P.16 『月曜日あるいは火曜日』
    - ヴァージニア・ウルフ。
  • P.16 トロツキーの暗殺について書いた本。
    - Bernard Wolfeらしいが、"The Great Prince Died""Trotsky Dead" か? あるいはこれらは同じ本か? 「暗殺」という以外に何か「ケルベロス」に関係があるのか?
  • P.16 ヴァーナ-・ヴィンジの今にもボロボロに崩れそうな短編集。
    - 「ケルベロス」が書かれた時点では、特に該当する短編集はないらしい。
  • P.19 サント・アンヌはわたしたちの惑星の姉妹惑星であり。
    - Sainte Anneは聖母マリアの母の聖アンナ、Sainte Croixは聖十字架。聖母アンナと言えば「無原罪の御宿り」という観念がある。アンナが原罪のない、汚れのないかたちでマリアを懐胎し、さらにマリアがイエスを処女懐胎したというもの。
  • P.19 ここにはアボはいないから。
    - この決め付けはあやしい。この部分以下の議論すべてあやしい。
  • P.19 まず第一に、そもそも道具としてお粗末すぎて、アボがそれに頼って生活しなきゃならない理由がない…
    - このあたり、アボの生態について妙に詳しい。
  • P.20 重要なのは自分たちの魔法であり宗教であり、うたう歌であり民の伝統だ…木々と番い、河への捧げものとして我が子を沈めた。
    - 「ある物語」参照。
  • P.21 サント・アンヌの原住民が最初期の人類移民…移民の波の末裔であるかもしれないからです。
    - 同上。
  • P.21 アボが人間なのは絶滅しているから。
    - ヴェールの仮説、ルェーヴの公理と比較。
  • P.23 首が三つある鋼鉄の犬の像。
    - ケルベロスは地獄・冥府の館の番犬で「入って来る者には特に吼え立てないが、出ていこうとすると烈しく吼えついて許さない」(呉茂一著「ギリシア神話上巻」336ページ)。ケルベロスの父親は「新しい太陽の書」にも登場するテュポーンで、母親は"Long Sun"シリーズにも登場するエキドナ。そう言えば「ケルベロス」という言葉は作中に出てこない?
  • P.23 そのあだ名はわたしたちの名字にもかけられたものだったのかもしれない。
    - 当然名字はWolfeでしょう。
  • P.23 七歳のわたしの世界であり。
    - この世界での一年はどのくらいの長さか?
  • P.25 父は赤いドレッシング・ガウンと黒いスカーフといういちばん馴染んだ格好で。
    - またこの服装。
  • P.25 わたしのために他の名前が必要だ――二人のあいだだけの名前が。
    - なぜ? 自分と同じ名前だから?
  • P.26 おまえは第五号だ。
    - どうやって数える? 初代は作者?
  • P.26 父はスイッチを押した。
    - 録音装置だが、似たような描写が何度も出てくる。現実と妄想との境?
  • P.26 わたしよりずっと幼い少年と、ほとんどわたしと同じくらいの大きさの色塗りの木の兵隊があらわれた。
    - 「拷問者の影」でセヴェリアンが見た夢を参照。この少年と木の兵隊は何者か?
  • P.27 その人格がどういうわけかわたし自身と父親と混ざりあい、わたしは同時に観察者であり、観察対象であり、その両方を観察する第三者でもあった。
    - 「ケルベロス」の中心的なテーマか? 同時にこれは文化人類学の中心的な命題でもある。
  • P.28 それとも白い船がごくたまに、十本か十二本の紐で牛に牽かれてくるのを待っていた。
    - 船のイメージについても頻出。
  • P.30 太って角張った顔をした鈍重そうなお客。
    - これはさすがに誰だかわからない。
  • P.31 黒の女王、邪悪でもなく慈愛に満ちているわけでもないチェスの女王であり、黒なのはいまだ私が出会っていない白の女王と区別しなければならないからである。
    - 鏡の国のアリス? 白の女王は誰か?
  • P.33 その数字は少なすぎもせず多すぎもしない。生きているのは、あの人とわたし、それにシミュレータも数に入れているんでしょう。
    - "That number's either far too low or too high." なんで「その数字は少なすぎるか多すぎるかのどちらかね」ではないか?
  • P.33 ベッツィー・トロットウッドおばさん。
    - 「デイヴィッド・コパフィールド」は読んでないのでわかりません。
  • P.33 おまえの父には妹がいる――おまえにいたっていいでしょう?
    - 「第五号」は父親と同じ行動を取ることが期待されている。
  • P.34 ジーニー叔母さんと呼びなさい。
    - Aunt Jeannineなので「ジャンニーヌ叔母さん」がいいと思う。
  • P.34 無性生殖が続けられるようにした。
    - 家族の伝統。
  • P.35 ヴェールの仮説は原住民が人類を完璧に真似る能力を持っていたという仮定に基づきます。
    - "Veil" は顔おおい、仮面、修道女を意味する。
  • P.35 完璧に模倣すればアボはその能力を失ってしまうことになる。
    - これはアボにとって呪いなのか救済なのか? また(仮に)人類にとってかわったアボには変身能力が残っているのか?
  • P.36 ヴェールは、自分が見せられてきた残虐行為と不合理を劇的に説明してくれるものを求めて、空中楼閣の理論を組み立てたんです。
    - サント・クロアにおける奴隷制、全体主義政治のこと? なぜヴェールの仮説が説明として役立つのか? 残虐行為を人間性を持たない(?)アボに由来するものとしているのか?
  • P.36 型押しされた革装の大判の本。
    - ウールスと天空の驚異の書?
  • P.37 焦げ茶色以外の色をすべて洗い落とす新技術を利用した写真のようだった。
    - なぜそのような古いモノクロ写真がサント・クロアに存在するのか?
  • P.37 二十五歳ぐらいの娘で、痩せており、背は高そうで、赤ん坊を抱いて歩道の上でがっしりした体格の若者の隣に立っていた。
    - なぜこれが「第五号」の母親になるのか? 母親はアボなのか? これがクローンとどのように繋がるのか? この写真の場所はどこか?
  • P.37 第一感はジプシーだったが、肌の色はそんなに黒くなかった…次に浮かんだケルト系という考えにはほぼ確信があった。
    - ケルト系の登場人物は限られている。
  • P.37 輝かしい長い足は磨きあげられた旗竿のように交差していた。
    - 長い足はアボの特徴。
  • P.38 わたしはサント・アンヌの原住民の夢を見た。
    - これはアボの「夢見」と関係するか?
  • P.39 どこか遠くにいる人がとても長くやたらと入り組んだ話を語りはじめた。
    - 「ある物語」?
  • P.39 気がつくと船の甲板上におり、気がつくと鳩の翼が世界のはるか上空ではばたいている。
    - また船。
  • P.39 声はときどき甲高くなり、ときどき低くなり。
    - さまざまな人間としての夢を見ている?
  • P.41 わたしの幼年期が終わったのはこの冬だった。
    - 「自分がある意味で正気を失っていることに初めて気づいたのは、この混乱の時期だった」-「拷問者の影」P.47
  • P.41 わたしの記憶には決して事実ではありえない光景がこびりついており。
    - アボとしての記憶?
  • P.42 ケルベロスはもともと四つ頭があったんだ。
    - 三つと思っていたら四つ、さらには五つあるということか? もともとあった頭が失われたのはなぜ?
  • P.43 片足にギプスをした黒髪の少女。
    - CAVE CANEMによると足が悪いのは「ジーニー叔母さん」との類似性を示すため。
  • P.43 洋紅色の唇と紫色の目。
    - 目の色に注意。
  • P.44 いつもは最後の客が帰ったあとで父に呼び出されていた。
    - 最後の客が帰るのは真夜中くらいか?
  • P.46 …わたしたちがやることすべてが。信じるがいい、ひとつとして、重要でないものはない。
    - 父は同じことをやったから知っている。
  • P.46 父の言葉を一部聞き漏らしてしまった。
    - 父はなんと言ったのか?
  • P.47 ネリッサという名前の、女中たちの中でも一、二を争うほど美しいというだけでなく、もっとも背が高くもっとも腕力が強く。
    - 背の高さは何のためか。
  • P.48 オーブリー・ヴェール博士。
    - Dr. Aubrey Veil
  • P.48 サルタンバンク通り。
    - "Saltimbanque" は「大道芸人」。
  • P.49 髭を伸ばし、今の流行よりずっと濃くずっと長い髭で…顔だちは整っていたものの、顔の肌が――見える範囲においては――ほとんど醜いくらいまで白かった。
    - 髭は何を隠すためか?
  • P.49 いや、わたしは地球から来た。
    - サント・アンヌから来たことを否定するのは何故か? アボであることを隠すため?
  • P.51 彼の目が明るい緑色で、大抵の緑目にはある茶色の色合いがないことに気づいた。
    - 明るい緑色の目はアボ。
  • P.52 一瞬、黒い髭の下で苦い笑みが浮かんだような気がした。
    - 地球のことをきかれると困る。
  • P.53 なぜこの館は、植民が始まってからわずか二百年足らずの星に建っているのに、馬鹿馬鹿しいほど古く見えるのだろうかとね。
    - 時間の流れ方の違いを示唆しているのか? それとも何も進歩しない停滞した惑星を意味するのか?
  • P.53 館が建ったのは百四十年前です。
    - 百四十年ならそれほど古く見えないような。
  • P.53 実際に五十年前よりも今の方が人口は減っているんです。
    - すぐに子供を売り飛ばしたりするからです。
  • P.55 少女は、次にわたしが公園を訪れたとき…「驚いた。ここに来るたびに探してたんだけど、一度も来なかったから」
    - 「第五号」は明らかに嘘をついている。これは「第五号」の言葉を全て信じるべきでないとのヒントか? ウルフの一人称話者は基本的に嘘つきだ。
  • P.57 何時間にもおよぶ父との面談のあと、空気が変化した。
    - 主人公の置かれた状況に起きた変化は?
  • P.59 わたしがシミュレートしている人物のことは、きみの曽祖父と呼びたまえ。
    - つまりクローニングを始めた初代から数えて「第五号」は四代目になる。たぶん作者であるジーン・ウルフから数えるのが正しい。
  • P.60 柵と壁と隠された掘割つまり隠れ垣…コリント式の列柱に囲われた石畳の庭。
    - どこにも行けないということか?
  • P.60 古いフランスの教会の床に敷かれているような墓標であり、すべてにわたしの名前と、それぞれ異なる日付が記されていた。
    - これもクローニングによる複数の自己を意味する。ところでサント・クロアに生まれ育った「第五号」はなぜ「古いフランスの教会の床に敷かれているような墓標」がどんなものか知っているのか? 単に知識として身につけたのか? フランス植民時代の名残でフランス風の教会が残っていることはありうるが、それにしても床に多くの墓標が残されているものか? 犬の館がとても古く見えることと関係あるのか? あるいはこの恒星系に植民されてからの時間は二百年よりもずっと長いのではないか?
  • P.61 公園にある自然の円形劇場で夏のあいだ公演をおこなうことになっていた。
    - 「新しい太陽の書」におけるタロス博士の「天地終末と創造」も野外で公演をおこなう。
  • P.61 フランス系の初期植民者たちの政治権力の喪失。
    - それにしてもなぜフランス系なのか? 「天地終末と創造」の伯爵夫人はなんとなくフランス系だが。
  • P.64 女たちは劇場最上段の最後尾の席に座り、暴徒となった反逆たちを包囲する奇怪な、古代の政府の兵士よろしく、劇場を取り囲んだ。
    - この意味ありげな描写は何か? タロス博士の劇の観客における退化人か?
  • P.64 サント・アンヌが昇ってゆるやかな河と大いなる緑の牧草地までが見え、観客を緑の光で染めたこと。
    - サント・アンヌとサント・クロアとはどのくらい離れているのか? おそらくいずれも地球と同じ程度の重力と思われるので、少なくとも地球と月程度は離れていると思われるが、その場合地表の様子が見えるものか? それともこれは「第五号」もしくは話者による創作か?
  • P.65 人混みとどさくさに紛れて私たちはケチな盗みをはたらくようになった。
    - このあたりもタロス博士の劇団を思わせる。
  • P.65 わたしは意識のコントロールに重大な欠落を生じるようになりつつあった。
    - 「第五号」の独白を100%信用すべきでないというヒント。
  • P.66 ミスター・ミリオンが本当に意識を持っており、いつも言っていたが、「わたしが思うに」や「わたしが感じたのは」といった言葉を使う資格があったのかどうか、わたしにはどうしても判断できなかった。
    - この疑問はそのまま「第五号」自身にも当てはまる。
  • P.67 実際にそんな船に乗った記憶はなかったが、あるいは、ごく幼いころにあったのかもしれない。
    - これは誰の記憶か? 「第五号」の初代か?
  • P.68 バケツに水を汲んで運んで甲板の血の染みにぶっかけ。
    - いったい誰の血なのか?
  • P.68 星船が、再突入シールドを熱で目がくらむほど明るく輝かせ、焼け付く音をたててはるか遠くの海に落ちたときにも、それを告げる相手はどこにもいなかった。
    - 「星船」"starcrosser" という言葉は「影の子」が用いるもの。
  • P.69 広がっていたのは海ではなく夜空だった。
    - 視点が「星船」の乗員に移っている。
  • P.70 メアリードルとは芝居に出ていた女の子のことだった。
    - メアリードルの目の色は?
  • P.70 下の階ではまさに地獄絵図がくりひろげられていた。
    - 大文字で "Pandemonium"。小文字だと「大混乱」くらいの意味だが、大文字だと「地獄、伏魔伝」のような意味合い。犬の階の描写からだと「地獄」は強すぎるので、この表現はウルフから読者へのヒントだろう。
  • P.72 夕のお告げの祈りの鐘。
    - "Angelus" は午前6時、正午、午後6時の祈りなので、"last Angelus" は午後6時。なお、この祈りは聖母マリアが受胎告知を受けたことを記念するもの。
  • P.73 彼らも幼児のときは人間だった(中略)が、外科手術(一部は脳にも手術を受ける)と薬物による内分泌系の変化で普通の人から変わってしまうのだ。
    - キャスドーを襲った獣化人(zoanthrop)ですね。
  • P.73 高価な赤い革張りの椅子の片方の肘かけのみ。
    - 何か意味があるようなないような。
  • P.75 スカートは足元で黒いプールとなった。
    - 押し込み強盗をはたらくのに、何故フィードリアはロングスカートなどはいているのか?
  • P.76 カマキリのように三角形をした顔が、わたしの方に向いた。
    - この段階では自分と同じ顔であることには気がついていない。しかしなぜカマキリのような三角形なのか? 外科手術のため? 
  • P.76 深く落ちくぼんだ目は小さく燃える緋色の炎だった。
    - 文字通り「緋色」の目なのか? 「狂気」をあらわす以外に何か意味があるのか? 「第五号」の目は茶色。
  • P.77 奴隷には腕が四本あった。
    - 腕が四本ある怪物というのはなにかあったか?
  • P.78 離れ旅立つ、トロイアの岸辺を。
    - デイヴィッドの愛読書「オデュッセイア」だと思う。ユーノーはローマ神話の主神ジュピターの妻、ギリシア神話ではゼウスの妻ヘラに相当する。それにしてもなぜ「オデュッセイア」か?
  • P.78 一卵性双生児を使わないかぎり、神経端を正しく接合するのはまず不可能だし。
    - 当然クローンを使っている。ところでこういったクローニングおよび改造手術は<犬の館>でおこなわれたのか?
  • P.79 「今は猿で実験してんじゃないの?」やってはいなかった。
    - P.83にあるように、この記憶は嘘。
  • P.80 いつも身につけている外科用メスが胸ポケットでケースに収まっていたので。
    - 当然メスは使われるべきである。たぶん「父」を殺すのに。
  • P.83 わたしは釈放以来、母親の行方を、叔母から見せてもらった写真に写っていた女性の行方を探しつづけている。だがあの写真はまちがいなくわたしが生まれるはるか昔に撮られたものだった――ひょっとしたら地球かもしれない。
    - この女性は「第五号」の何にあたるのか? 自分が生まれるはるか昔の写真だとわかっており、かつ地球かもしれないと思うのなら、なぜ「第五号」は母親の行方を探しつづけているのか?
  • P.83 ならばわたしの無意識の行動、夢遊状態は一冬丸ごとと春を飲みこむまでになっていたのだ。わたしは自分自身がどこかに行ってしまったような気がした。
    - この間に「第五号」の見ていた夢は? アボの夢?
  • P.83 てっきり父のものだと思っていた猿が肩に飛びついてきた。(中略)毛皮の下の傷跡とねじれた手足が、猿がわたしを知っている証拠だった。
    - この猿は、P.13の父の飼っていた猿と同じ猿。
  • P.84 わたし自身の推測では――こんなに時間のたった今となって、どれほどの意味があるのかわからないが――喧嘩して私が刺したのだと信じていたのだろう。(中略)もちろん、それは失われた冬のあいだに何かわたしが言ったことのせいなのかもしれない。
    - この推測が誤りであることを暗示している。冬のあいだ記憶を喪失している異常な状態の間に何があったのか? 意味もなくこのような設定をおく必要はないだろう。
  • P.84 メアリードルはほっそりした金髪の優しい心をした少女で、わたしはとても好きになった。
    - メアリードルは(デイヴィッドと同じく)金髪。「とても好きになった」にしてはメアリードルの描写が少ない。
  • P.85 わたしは、彼の肩越しに、自分の肉体が見えず、見えるのはただ彼の腕とわたしの腕だけであり、わたしたちは闘奴であってもおかしくなかった。
    - P.77の腕が四本ある闘奴とは、つまり「第五号」と「父」の合一した姿。
  • P.85 覚えているのはある夜、メアリードルとフィードリアを家まで送っていったあと、寝る用意をしていたとき、その前にミスター・ミリオンと叔母と三人で、デイヴィッドのベッドのまわりに座ってその相談をしていたことだった。
    - この訳文では「第五号」とミスター・ミリオンと叔母の三人が「父」を殺す相談をしていたように読めるが、これは誤り。
    - 原文では "I only remember that one evening, as I prepared for bed after taking Marydol and Phaedria to their homes, I realized that earlier when the three of us, with Mr. Million and my aunt, had sat around David's bed, we had been talking of that."
    - 訳しなおすと「ただこれだけは覚えている。ある晩、メアリードルとフィードリアを家まで送っていったあと、寝る用意をしていたときに気がついた。その前、ミスター・ミリオンや叔母と一緒にデイヴィッドのベッドのそばで、わたしが彼女たちと三人で話しあっていたのは、実際にはそのことだったのだ」となる。つまり「父」を殺す相談を(無意識に)していた相手はメアリードルとフィードリア。
  • P.86 外科用メスはポケットに入っており、いつでも使える状態だった。
    - とは言っても、実際に「第五号」がメスを使ったのかどうかは定かでない。
  • PP.86-87 部屋には花が活けてあったが、そんなことはこれまで一度もなく、あるいはとっくにすべてを悟っていて、特別な日のために、花を贈らせたのではないかとも考えた。
    - 何かを悟っているにしても、自分が殺される日のために花を飾るのは不自然。何かを祝うためという方が自然ではないか? それは何か?
  • P.87 「わかっているのか、おまえは――」
    - "Don't you know who --" 「誰が」何なのか? 「おまえは自分が誰だかわかっているのか」か? 「父」はこの説明によって「第五号」の怒りが解消されると考えているようだが。
  • P.87 ネリッサがドアを開け、遊び女とマーシュ博士を導き入れた。わたしはマーシュ博士の姿に驚いた。もっと驚いたのは父の書斎に女の子が入ってきたことだった。
    - P.13のピンク色の服の女性は遊び女ではないことになるか。
  • P.88 スイッチを入れるような、あるいは古いガラスが割れるような音を。
    - スイッチはP.26など「父」との面談に使われる録音装置を、古いガラスはPP.80-81でデイヴィッドが割った鏡を連想させる。比喩的に言うと、録音装置とは自分自身のコピーを作成することであり、鏡を割るのは自分の写し身を殺すこと。
  • P.88 ハイヒールの婦人靴とグロテスクに長い足、尾骨の数センチ下まで垂れさがっている背中の大きく開いたドレス。むきだしになった襟足。リボンと髪飾りで積みあげ解き編んだ髪。
    - なんだか人間の描写とは思えない。アボ?
  • P.88 ドアを閉じたとき、それと知っていたわけではないが、あの娘は自分とわたしが知っていた世界を終わらせたのだ。
    - 「それと知っていたわけではない」のは「あの娘」。「わたしが知っていた世界」だけでなく「自分とわたしが知っていた世界」を終わらせたことに注意。
  • P.90 つまりきみの息子デイヴィッドと、きみが叔母と呼ぶ女性だ。彼女は実際にはきみの娘だ。
    - マーシュはこれらをどうやって知ったのか? 叔母からか?
  • P.90 わたしは父の書斎に――この部屋に――父と対決しにやって来た。父を殺すつもりだった。
    - 「第五号」と「父」とは全く同じ行動を取る。
  • P.90 それはどうでもいい。
    - 殺人がおこなわれたのかどうかはここでも不明。
  • P.90 わたしは、あなたがここにいれば、第五号にとっても受け入れやすくなるだろうと考えた。
    - どういう意味か? マーシュがアボだということを匂わせているのか?
  • P.92 わたしは自己認識を求めている(中略)そして我々が求めている疑問のひとつは、なぜ我々は探し求めているのか、ということだ(中略)我々はなぜ自分たちが失敗するのか、なぜ他の人々は上昇し変化してゆくのに、我々はここに居続けなければならないのかを解明したいのだ。
    - 停滞して死を迎えようとしているウールスを思わせる。「すべてが試みられ、すべてが失敗に帰した。共通の利益、人民の支配……何から何まで」『独裁者の城塞』325ページより。ところでこの引用部分はどこだっけ、と本を開いたら、ピンポイントで該当ページが開いたのでちょっとびっくり。
  • P.93 これを説明するために工学用語を借りてきて、緩和のプロセスと呼ぼう。
    - ところでウルフは作家になる前、P&G社のエンジニアで、ポテトチップのプリングルズ製造装置の設計とかにかかわっていた。P&Gを辞めた後は技術雑誌の編集者兼ライターになった。
  • PP.93-94 「あなたにやってほしいのは」父はもどかしげに言った。「第五号に、わたしがおこなっている実験、なかんずく彼がひどく厭っている麻酔療法検査は必要なことだというのを理解させることだ」
    - なぜマーシュが理解させる役に立つのか? マーシュ自身「麻酔療法検査」に類似したなんらかの処置の結果だからか? それともアボの夢見との関連か? 「父」はマーシュがアボだと思っているのか?
  • P.94 そしてどんな人間も自分で環境を決定することはできない。この人類学的緩和というべき状況をのぞいては――その場合には自分で自分の環境が準備される。
    - つまり「父」は自分に対する環境を操作することによって自分自身を形作ろうとしている。これはバルダンダーズの実験と同じ発想。
  • P.95 彼は思考でしかコミュニケートできず、そんなことはありえないと知っている自分が最初からそのコミュニケーションを閉め出してしまっているかのように。
    - 単に「第五号」が心神喪失に近い状態になったことを示すのか、それとも文字通りマーシュが「影の子」のごとく思考でコミュニケートしていることを暗示するのか。
  • P.95 あなたはサント・アンヌから来たんだ。
    - 物語の論理からするとこれは文字通り真実だが、なぜ「第五号」はそれに気づいたか。
  • P.95 ぼくたちは人間だけど。
    - 本当か?
  • P.96 そしてすぐに、わたしは父と二人きりになった。
    - "And in a short time my father and I were alone" これが問題の部分。単にマーシュが退出したという意味ではないだろう。マーシュという人物はそもそもこの場に存在したのか? 「第五号」の妄想の産物ではないのか? あるいは「第五号」と「父」が合一化したということを意味するのか? 実は殺されたのはマーシュなのではないか?
  • P.96 看守によるえこひいきと暴力の問題は完全に過去のものとなり。
    - これはV.R.T.での監獄の描写とはずいぶん違う。
  • P.100 そしてどうやら、わたしがなぜ、もはや日々の決まり事となっているこの記録を書いているのかを説明するときが来たようだ。そしてわたしはなぜ説明しなければならないのかも説明しなければなるまい。よろしい。わたしは自分自身を自らに明かすために書いてきたのであり、今書いているのは、いずれ、まちがいなく、わたしは自分が今書いていることを読んで驚くだろうからである。
    - これがこの物語の主題である、トリックなんだろうが、よくわからない。「わたし」という存在は何者かという問いに対する解答なのだろうが。この語り口のわけわからなさもセヴェリアン的。
  • P.101 ドアを開くと、彼女が子供を連れて立っていた。いずれわたしたちが役立つ日が来るだろう。
    - "Someday they'll want us" である。"they" はフィードリアと子供 "the child" だろうが、この子供はここで初めて登場するのに定冠詞の "the" がついているのはなぜか? また "us" は誰を指すのか?
    - 暫定案:"the child" は子供の頃の「第五号」であり、フィードリアはピンク色の服の女性。つまりこれはP.13で描写されたのと「同じ」出来事。"us" とは、「第五号」と「父」の合体した自己。

"A Story", by John V. Marsch - 『ある物語』ジョン・V・マーシュ作

  • P.103 "A Story", by John V. Marsch
    - まず誰が書いた「物語」なのか。マーシュについてフル・ネームが出てくるのはこの部分だけなので、これが本当に地球から来た人類学者の名前なのか不明。後で出てくるように「ジョン」はアボの男の名前であり、"V" は数字の "5" つまり「第五号」をあらわすので、作者はアボであり「第五号」でもあるとも取れる。また "Marsch" は「沼地」"marsh" に通じる。
  • P.104 十字架の聖ヨハネ
    - ヨハネという名の人物はキリスト教関係にやたら多いが、これはスペインのカルメル会修道院に属したJuan de la Cruz (1542-1591) を指す。本名はJuan de Yepes。十字架の聖ヨハネは聖テレサとともに跣足カルメル会を創設し、また神秘主義詩人、教会博士としても知られている。主な著作は「カルメル山登攀」「暗夜」など。
    - なぜこの詩が『ある物語』冒頭に置かれているのか。サント・クロアは「聖十字架」なので何か意味があるのは間違いない(ちなみにサント・アンヌは聖母マリアの母親の聖アンナ)が、よくわからない。ちなみに「聖十字架」の出てくる文化人類学SFというとダン・シモンズ作「ハイペリオン」の「司祭の物語」を思い出す。考えてみるとあちらの方がこの十字架の聖ヨハネの詩の内容をストレートに描いているようだ。
    - ちょっとだけ調べてみてわかったのは、1577年、十字架の聖ヨハネは宗教的・政治的な争いから投獄され、九ヶ月間にわたってほとんど身動きも取れないような牢に入れられていたこと。この間に神秘的な啓示を受けて「カルメル山登攀」等の構想が浮かんだらしい。そうすると『ある物語』は獄中でV.R.T.=マーシュが書いたものということになる。これはまあ穏当なところだろうが、カトリック信者であるウルフが単なる思いつきでこのような聖人を引用するわけもないだろう。十字架の聖ヨハネの神秘主義思想とアボリジニの神話との間に何か関連があるのだろうか。どちらも知識がないのでよくわからない。あと聖ヨハネもしくは聖十字架と聖アンナの関連も。
  • P.105 一年が長い<石転びの国>。
    - 原住民が書いたものなら「一年が長い」とはしないのでないか。
  • P.105 それは「男」を意味する言葉で、すべての男の子は「ジョン」と名付けられる。
    - 「ジョン」は匿名をあらわすものか。なおジョンあるいはヨハネはもとはヘブライ語で「神は慈悲深くあった」の意。
  • P.105 二人目の子は普通のようには生まれなかった。
    - 二人の子供は鏡像関係にある。
  • P.106 絹糸のように細い黒髪が、頭の後ろに黒い後光となって広がった。
    - 母親である<揺れる杉の枝>の髪は黒髪。「後光」は<揺れる杉の枝>が聖母であることを示すか。
  • P.106 すくいとって娘の足にかけた。
    - 素直に読むなら寒さで凍える娘の足を暖めたのだろうが、なにやら洗礼の秘蹟を思わせる。
  • P.106 そのように、わたしが生まれたとき、わたしの母もやった。そのように、おまえも自分の娘のためにやるだろう。
    - 父親の存在が欠けている。これは聖アンナが<無原罪の御宿り>で聖母マリアを受胎し、さらに聖母マリアがイエスを処女懐胎したことを意味するようだ。これはクローニングの主題にも繋がる。
  • P.106 初子は死ぬ――か残らぬ。
    - "The first birth kills--or none." これは意味がわからない。
  • P.107 そこで揺れる杉の枝の母は流れに呑まれ、東風はその手から奪われた。
    - ここでは東風に何が起きたか意図的にわからなく書いている。

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