ウールスと天空の驚異

Last Updated:

05/26/2002




「茶色の本」-「ウールスと天空の驚異」

「ウールスと天空の驚異:歳月のためにそれらの意味が曖昧になってしまった時代の、宇宙の秘密に関する印刷された原資料からの集成」("The Book of the Wonders of Urth and Sky, Being a Collection from Printed Sources of Universal Secrets of Such Age That Their Meaning Has Become Obscured of Time")通称「茶色の本」とは、獄中のセクラの方を慰めるために、グルロウズ師の命を受けた徒弟時代のセヴェリアンが図書館のウルタン師のもとから借りてきた古い書物です。

「茶色のコードバンの装丁で、金箔の縁取りがあり、グゥイノックのエッチングがある。手で彩色したものだ。(中略)だが『ウールスと天空の驚異』は権威ある書物で、三、四百年前のものだ」--「拷問者の影」第6章

おそらく「ウールスと天空の驚異」は、かつて<最初の帝国>を造る際に古代の人間が機械に売り飛ばし、それを保存した機械が最初は復讐の念から、次には愛情から人間に返した<野性的なもの>を記録した書物(のおそらく後世の写本)だと思われます。(「ウルタン師」参照)

歴史家たち

この部分は、「茶色の本」自体の起源を暗示すると同時に、サイリアカが叔父の話として伝える、いかにしてウルタン師の図書館が造られたかの物語にも関わっていると思われます。

「わしにとって最も興味深いのは "歴史家たち" の話だ。それはある時代について述べているが、そこでは、すべての伝説のもとをたどると、なかば忘れられた事実に突き当たるのだ」--「拷問者の影」第6章

ホログラムの原理?

「茶色の本」が単に伝説を記したのみならず「科学」知識を伝えるものでもあることを示す部分といえるでしょう。

「・・・・・・その方法を使えば、絵画は、たとえ破壊されていても、一つの小部分から(それはどの部分であってもかまわない)全体を復元することのできる技術をもって、彫刻されるのである」--「拷問者の影」第6章

子供の矢に当たって死んだ天使の物語

強大な力を持つ宇宙航行種族が、たまたま訪れたウールスで思わぬ抵抗にあったことを暗示するようです。

図嚢の中のあの茶色の本に、ちょっとした使いか何かでウールスにやってきて、子供の矢に当たって死んだという天使の物語があった(たぶん、本当は独裁者に仕えていたという翼のある女戦士の一人だったのだろう)。彼女は大天使ガブリエルと出会った。彼女のきらめく衣は、あたかも太陽の末期の命で並木道が染まっているように、心臓から流れる血で真っ赤に染まっていた。(中略)

「よくわかった」ガブリエルはいって、脇にどいた。「しかし、われわれも滅びることがあると知っていたら、いつもいつもあんなに大胆にはやれなかっただろうにな」--「拷問者の影」第18章

二人の神秘家の対話

単に唯心論者と唯物論者との対話かなにかにも見えますが、ここでいう<自存神>を抽象的な信仰の対象でなく、神殿奴隷、神聖書記の上位にある実在と考えると、<新しい太陽>の到来によって滅ぼされるウールスの運命を示唆しているとも読めます。

あの茶色の本に、二人の神秘家の対話がのっていた。そこでは一人がこう論じている。文化は論理的かつ正当な自存神の想像力の所産であって、彼の約束と脅しを成就するために内的整合性によって縛られていると。もし、これが正しいとすると、今やわれわれは必ず滅びるだろうし、あれほど大勢の者が抵抗するために死んでいる北からの侵略は、すでに腐っている木を倒す風にすぎないと、わたしは思う。--「拷問者の影」第30章

三つの意味

典型的な「屁理屈系」の会話例。

「あの茶色の本は過去の神話集で、宇宙の鍵のすべてを羅列した章がある――人々が遙か彼方の世界の秘儀伝授者と話をした後とか、魔法使いの木簡を研究した後とか、あるいは、神木の幹の洞にこもって断食した後に、これが "秘密" だといったすべての事をね。セクラとぼくはそれらをよく読み、話しあったものだった。その中に、こういう事があった。何が起ころうとも、あらゆるものは三つの意味を持つ、というのだ。第一は、実用的な意味で、その本が "農夫" が見るものと呼ぶもの。牛が草を口いっぱい食んだ。これは現実の草であり、現実の牛である。この意味は、この二つのうちどちらもそうであるように、等しく重要であり、真実である。第二は、その周囲の世界の反射である。すべての物体は他のすべてのものと接触している。だから、賢者は第一のものを観察することによって他者について知ることができる。これは占い師の意味と呼んでもよい。なぜなら、これは、そういう人々が蛇の這った跡から幸運な出会いを予言したり、ある組のトランプの王様を他の組の女王の上に乗せることによって、恋愛事件の結果を確認したりする時に、利用する意味であるから」

「それで、第三の意味は?」ドルカスは尋ねた。

「第三は、変質した意味だ。すべての物体の究極の根源は万物主にある。そして、すべては彼によって始動された。だから、すべては彼の意志を表現しているはずである――これがより高度の現実だ」--「拷問者の影」第32章

同様に「警士の剣」の第38章にもセクラの方の記憶として、庶民の信仰、吟遊詩人の洞察、形而上学者の理論、が対比されています。前者の引用部分(「拷問者の影」でのセヴェリアンとドルカスの会話)は<鉤爪>を失ったペルリーヌ尼僧団の大聖堂が炎上する場面であり、後者(「警士の剣」でのセヴェリアンの独白)はセヴェリアン自身が<鉤爪>を失った場面です。この二つの場面は明らかに相似形をなしているので、そこにヒントがあるのかもしれません。例えば<鉤爪>は庶民の信仰の対象であり、高次の宇宙の流出であると同時に、海岸に生えた植物の棘でもある、といった具合に。

学生とその息子の物語

「調停者の鉤爪」第17章全体を占める枠物語。アラビアン・ナイト風の物語に、さまざまな暗喩が込められています。引用した最後の部分は、ミノタウロスを倒して迷宮から帰ってきた息子テセウスの船団が黒い帆をあげていたために、悲観して自殺したアテナイ王アイゲウスを思わせます。また「夢から肉化した男」はアクアストルのこととも考えられます。

彼らが魔法使いの町の崖の近くに来た時、夢からその若い男を肉化した学生は狭間胸壁の上に立って、彼らが帰ってこないかと海を眺めていた。だが、目潰しに使ったタールの煙で黒く汚れた帆が見えたので、それは若い男の死を悼むために黒く染められたのだと信じて、身を投げて死んだ。なぜなら、人は、夢が死ねば長くは生きないからである。--「調停者の鉤爪」第17章

断片

引用部分の最後の言葉は、シェークスピアの前の時代のイギリスの劇作家クリストファー・マーロウ(Christopher Marlowe、1564-1593)の「フォースタス博士の悲劇」("The Tragical History of Doctor Faustus" の台詞なのだそうです。

その後は、われわれが話すにつれて、頁は自然にめくれて、男や女や怪物たちの絵が、われわれの言葉の合間にわたしの目を捕え、そうすることによって、みずからをわたしの心に刻みつけた。そのためにそれらはまだわたしの心の中に留まっているのである。また、時々、光が金属インキの光沢を捉えたり、離したりするにつれて、句や短い文章までも明るく光ったり、薄れたりした。「魂のない戦士!」「澄んだ黄色」「溺死刑によって」また後に、「これらの時代は古の時代であり、世界は古い」また「地獄に限界はなく、境界線を引くことはできない。なぜなら、われわれのいる場所が地獄であり、地獄のある場所にわれわれはいなくてはならないからである」--「調停者の鉤爪」第28章

緑色と黄色の帝国

長年闘いを続ける二つの帝国の争いの物語です。実はこの物語は独立した一冊の本になっています("Empires of Foliage and Flower: A Tale From the Book of the Wonders of Urth and Sky", 1987, Cheap Street)。マイナーな出版社から出た稀覯本なので入手は難しいようです。と思ったら、Bryan Cholfin 編の "The Best of Crank!" というアンソロジーに収録されていました。

「大昔に、ずっと遠くの土地で、二つの帝国が山脈をはさんで対峙していた。片方は兵士に黄色の服を着せた。他方は緑色だった。彼らは百世代も戦った。連れの男の人は、この話を知っているようだね」

「そして、百世代の後」わたしはいった。「一人の隠者がやってきて、黄色軍の皇帝に、兵士に緑色の服を着せるようにいい、そして、緑色軍の支配者に、兵士に黄色い服を着せるようにすすめた。しかし、戦争は今までどおりに続いた。ぼくの図嚢に『ウールスと天空の驚異』という本が入っている。それにこの話は書かれているんだ」--「調停者の鉤爪」第31章

異なった町の探検

わたしが所持している例の茶色の本にはこう書いてある。自分が知っているすべての町とまったく異なった町を探検することほど、珍しい思いをすることはない。なぜなら、それは、まったく別の、思いもかけなかった自己を探検することだから、と。--「警士の剣」第2章

スキニス

"sikinnis" とは、サテュロス信仰と関係のある古代ギリシアの舞踏で、いわゆるオージー、乱交パーティーのようなものです。

わたしは本を渡した。彼女はページをぱらぱらとめくってみて、スキニスの絵のところにくると手を止め、われわれの寝椅子の上の壁龕に燃えているランプの光が当たるところにかかげた。角の生えた男たちがゆらめく明かりの中で飛び跳ねるように見え、風の精たちが身悶えするように見えた。--「警士の剣」第6章

退化人の植民地

はるか昔から退化人はウールスの歴史上重要な位置を占めてきたわけで、当然といえば当然です。さらにセヴェリアンの時代の人間が今の人間と同じ生き物である保証もないわけですし。

それらよりも深いところに、人類の建物や機械類が埋もれていた(もしかしたらほかの種族のものも同様にそこに埋もれていたかもしれない。なぜなら、わたしが持ち歩いているあの茶色の本の中のいくつかの物語は、このウールス上に、われわれが退化人と呼ぶ生物の植民地があったことを暗示しているからである。もっとも、実際には彼らは単一の種族ではなく、それぞれ独自の特徴を持つ無数の種族から成り立っていたのだが)。--「警士の剣」第14章

<蛙>と呼ばれた少年の物語

「警士の剣」第19章全体を占める枠物語。人類の最初の星間帝国の建国神話のようにも見えます。こちらはローマ建国神話のロムルスとレムスの物語とジャングル・ブック、それにインディアン神話を素材にしています。

昔々、ウールスの岸辺の彼方のある山の上に、<初夏>という名の美しい女が住んでいた。彼女はその国の女王だったが、王は強くて、執念深い男だった。そして、女王は王に対して嫉妬深かったので、王も彼女に対しては嫉妬深く、彼女の愛人と思う男はすべて殺してしまった。--「警士の剣」第19章

アムシャスパンド

アムシャスパンド」および "The Urth of the New Sun" の項を参照してください。

あの茶色の本で読んで何度もセクラと話しあったのだが、次のように指摘する人もいる。至高の存在の<御前>にひらひらと舞っているおびただしい生き物がいる。それらはその主と比較すれば、一見、微小に――実際、限りなく小さく――見えるけれども、人間の目から見ればそれ相応に巨大に見える。そして人間にとってその主は、目に見えないほど巨大な存在なのだと(中略)。

また、これらの生物(アムシャスパンドと呼んでいいかもしれない)が、仕えているという力の存在を疑いながらも、その一方で、それらの生物が存在するという事実を肯定する聖者たちもいる。彼らの肯定は人間の証言――たくさんの証言があり、わたしもそのような生物をイナイア老の部屋の鏡の本の頁で見たから証言できる――に基づくものではなく、むしろ反駁の余地のない論理に基づいている。--「警士の剣」第27章

人間と知恵

「ここに書いてあることを見てください。 "人間は賢くはないが、それでも知恵の対象である。もし知恵が人間をふさわしい対象と認めるのなら、人間が自らの愚行を軽んじるのは賢明といえるだろうか?" こんなことが書いてあります」--「警士の剣」第33章

ケンタウロス

最初わたしは、あの茶色の本の中の絵で見たケンタウロスという動物に乗った騎兵かと思った。--「独裁者の城塞」第22章

別世界の水を飲んだ男の物語

イエソドに着いたせヴェリアンがその水を飲む場面。

ある男が夜中に荒地を旅して、男たちや女たちが踊っている場所にたどり着いた。男は彼らに加わり、踊りが終わると一緒に昼間は目に見えない泉で顔を洗い、その水を飲んだ。一年後、賢い機械に相談した男の妻がその場所にやって来た。そこで彼女は野生の音楽と、夫が一人で歌う声、それに大勢の人間が踊る足音を耳にしたが、何者の姿も見えなかった。途方にくれた妻がまた相談すると、賢い機械は言った。女の夫は別の世界の水を飲み、そこで水浴びをしたために、二度と戻ることはないだろうと。-- "The Urth of the New Sun" Chapter 17, p.119

生者と死者の境の物語

イエソドから戻ったセヴェリアンたちの乗った着陸船が、ウールスに降下して雲の層に入る場面。

しばらくの間われわれは霧の中にとらわれていた。セクラの牢から持ってきたあの茶色の本の中に、生者と死者を分ける霧の層の物語があった。その話によると、われわれが幽霊と呼ぶ存在は、彼らの顔や衣服に、その霧のバリアの名残が残っているにすぎないのだという。-- "The Urth of the New Sun" Chapter 27, p.195

フォーナを忘れた町の物語

ネッソスに向かう船の上でセヴェリアンが思い出す話。(The Tale of the Town That Forgot Fauna

昔、九人の男たちが新しい都市を造る場所を探して川を遡っていた。長い旅の末に彼らはフォーナ(Fauna)という老婆が一人で暮らす場所に着いた。フォーナは男たちに食べ物を与えて歓待するが、男たちはこの場所が偉大な都市を造るのに最適だと気がついた。土地を手に入れるため、ある者は老婆を殺してしまえと言い、別のものはむりやり追い払うことを主張したが、男たちの長は信心深い者だったため、老婆に土地を売ってくれるよう申し入れた。老婆は金銭には耳を貸さなかったが、ついに、都市の中心に庭を造り、そこに自分の像をたてることを条件に、男たちに土地を明渡した。男たちは喜んでこれに応じ、家族をこの地に呼び寄せ、都市の建設をはじめた。約束通り都市の中心には庭が造られフォーナの像が据えられた。長い年月がすぎ、都市は大いに繁栄したが、老婆との約束は忘れ去られた。ある商人が庭を買い取り、古い像を壊したが誰も気にする者はなかった。やがて不作の年は続き、戦いが起こり、人々は去って都市は廃墟と化したが、今でも都市の中心の庭には一人の老婆が住むと言われている。-- "The Urth of the New Sun" Chapter 33, pp.232-235 (抄訳)

太陽と月と十一の星

ウールスに戻ったせヴェリアンが囚われの身となった場面。実際には創世記第37章第9節で、ヨセフが父のヤコブに自分の見た夢を語った言葉です。

わたしはまた夢を見ました。太陽と月と十一の星がわたしにひれ伏しているのです。-- "The Urth of the New Sun" Chapter 38, p.267

偉大な神殿の物語

<新しい太陽>が訪れた後、セヴェリアンが満天に輝く星々を見上げる場面。

あるところに偉大な神殿があった。その場所は人間が自存神の顔をうっかり見て死ぬことのないよう、ダイアモンドをちりばめた帳でおおわれていた。ウールスが多くの時代を経た後、ある大胆な男が神殿に押し入り、番人を殺して縫いつけられたダイアモンドを奪うために帳を引き裂いた。帳の後ろの小さい部屋は空だった。少なくとも話の中ではそう言われている。ところが男が神殿から外に出て夜の星を見上げたとき、男は炎に焼き尽くされた。-- "The Urth of the New Sun" Chapter 48, p.331

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