長い太陽の夜(未訳)

Last Updated:

07/20/2002




「長い太陽の夜」 "Nightside the Long Sun" (1993, Tor Books)

「新しい太陽の書」に続く「長い太陽の書」(The Book of the Long Sun) シリーズの第1作です。シリーズ第2作の「長い太陽の湖」 "Lake of the Long Sun" (1994, Tor Books) とともに、"Litany of the Long Sun" に収められています。

Nightside the Long Sun  Litany of the Long Sun

舞台設定

物語の舞台は、Whorl と呼ばれる巨大なシリンダー型の世代宇宙船です。Whorl の中心軸部分には細長い人工太陽があり、これが「長い太陽」と言う名の由来です。人工太陽の周りの覆いが移動することにより、Whorl の内部に昼の部分と夜の部分がつくられます。Whorl は物語の時代からおよそ300年程前に、「新しい太陽の書」にも登場したテュポーンによって、ある目的をもって送り出されたものです。Whorl に住む人々は、自分たちの住む世界が巨大な人工物であり、もともとは「短い太陽」(Short Sun)の世界からやってきたと、おおまかな知識は持っていますが、それでは自分たちがなぜ旅をしているのか、外の宇宙はどのようなものなのかといったことは、住民からは(おそらく意図的に)隠蔽されています。

Whorl は内部に丘や湖、さらに人口数十万人の都市国家を数百も擁する巨大な世界です。主人公のパテラ・シルク(Patera Silk)は、都市国家の一つヴィロン(Viron)の貧しい地区にある教会の若い祭司です。シルクの教会には、メイテラ・ローズ(Maytera Rose)、メイテラ・マーブル(Maytera Marble)、メイテラ・ミント(Maytera Mint)の三人の巫女も所属しています。シルク、ローズ、ミントの三人は<バイオ>と呼ばれる通常の人間ですが、マーブルは<ケム>と呼ばれるアンドロイドです。もともと Whorl には<バイオ>と<ケム>が同じくらい存在していたようですが、長い年月の間に<ケム>を修理する部品・技術が失われ、今では<ケム>の数は人口の十分の一程度まで減っています。

シルクの教会は、Whorl を造った双頭の神パス(Pas、テュポーンのこと)と、その妻のエチドナ(Echidna)、さらにヴィロンの守護女神スキュラ(Scylla)をはじめとする七人の子供たちを信仰の対象としています。教会の祭司は神々への生贄に動物を捧げ、神々の意志を読み取るのが仕事です。神々は<メインフレーム>の中に住んでおり、かつては各地の教会の<聖なる窓>と呼ばれる装置を通して人々に指示を与えていましたが、ここ数十年は姿を顕していません。さらにこのところ毎年 Whorl 内の気温が少しずつ上昇しており、作物も不作続きで、人々の間に不穏な空気が漂っています。

あらすじ

物語の冒頭部分、突然シルクに神の啓示が訪れます。ただしそれはパスをはじめとする九人の主要な神ではなく、Whorl の外の<アウトサイダー>という神からの啓示でした。<アウトサイダー>はシルクに、危機に瀕している教会を、いかなる手段を用いても救うように命じます。<アウトサイダー>への感謝のしるしにシルクは、市場で言葉を話すベニハシガラスを買い求め、生贄にしようとしますが、思い留まり、オレブ(Oreb)と名付けます。確かにシルクの教会は危機に瀕していました。もともと貧しい地域にあり財政的に苦しかったのに、このところの経済危機によって税金を払えず、競売にかけられてしまったのです。ブラッド(Blood)という裏世界の顔役が教会を買い取ったことを知ったシルクは、盗賊のオーク(Auk)の助けを借り、直談判をするためにブラッドの屋敷に忍び込むことにします。

なんとかブラッドの屋敷に忍び込んだシルクは、ムコール(Mucor)という名の狂った少女に出会います。ムコールはどうやらブラッドの養女のようですが、自分の精神を遠くに飛ばす不思議な能力を持っているようでした。次にシルクはヒヤシンス(Hyacinth)という名の美しい女の部屋に辿り着きます。ヒヤシンスはブラッドの客を接待するための高級娼婦でしたが、シルクは一目で恋に落ちます。ブラッドの手下に見つかってシルクは逃げようとしますが負傷して捕えられます。捕えられたシルクは、クレイン(Crane)という医者に治療を受け、ブラッドと右腕のマスク(Musk)により尋問を受けます。教会を返してくれとのシルクの頼みをブラッドは面白がり、買値の倍額を数週間以内に用意すれば返してやろうと約束し、自分の経営する売春宿で悪魔払いをすることを命じます。

なんとか教会に戻ったシルクのもとに、近くに住む貧しい男が訪れました。死にかけている娘に、臨終の秘蹟を授けて欲しいというのです。娘のもとに赴いたシルクは、娘がなにものかに憑依されており、それはブラッドの養女のムコールだと気がつきます。シルクの言葉によりムコールが去ると娘は回復します。

ブラッドとの約束通り、シルクは売春宿で悪魔払いをおこなうことになります。何人もの娼婦にかわるがわる悪魔が憑依しているというのす。クレイン医師とともに売春宿を訪れたシルクの前で、オーピン(Orpine)という娼婦が自殺します。シルクは娼婦たちに憑依していたのがやはりムコールであること、オーピンは実は自殺でなく、シェニール(Chenille)という仲間の娼婦に殺されたことに気がつきます。娼婦たちや、やがてやって来たブラッドたちとともにシルクは悪魔払いの儀式を始めますが、そこに女神の一人、ただし九注の主要な神々の中には入らないマイナーな女神のキプリス(Kypris)が顕現し、シルクに神託を与えます。

"Nightside the Long Sun" という題名は、これまで昼の世界の住人だったシルクが、Whorl の夜の世界に属するブラッドの屋敷に押し入ることによって、自分自身の "nightside" に気がつく、といった含意もあるようです。ここまでの物語はほぼ一日のできごとで、「新しい太陽の書」に比べるときわめてゆっくりとしたペースで物語が進みます。第1巻ではさほどSFらしい設定も登場せず、ある評者によると「ディケンズ風」の文体で人々を描写することに主眼となっているようです。

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