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05/06/2002
「新しい太陽の書」シリーズに関連した未訳のエッセイ集です。現在は "Castle of Days" というエッセイ集の一部として入手可能です。"The Castle of the Otter" というタイトルは、ウルフが「新しい太陽の書」第四巻を執筆中との記事を掲載したローカス1981年4月号が誤って報じたものを、ウルフが面白がってエッセイのタイトルにしたものです。またローカスは翌5月号で訂正文を掲載しましたが、やはりここでも "The Castle of the Autarch" と間違えています。
It still wasn't right, but they were getting closer.-- "The Castle of the Otter", pp.306-307 in "Castle of Days"
以下は「カワウソの城」中の各エッセイの簡単な紹介です。なおこのエッセイ集はチャールズ・N・ブラウンとローカスの編集スタッフに捧げられています。
「新しい太陽の書」が書かれるにいたった経緯に関するエッセイです。最初ウルフは "The Feast of Saint Catherine" というタイトルの40,000語程度のノヴェラを書いてデーモン・ナイトのオリジナル・アンソロジー「オービット」に売るつもりでした。この作品の構想では、セヴェリアンはセクラの方の自殺を手伝いますが、罪を告白して許され、組合に留まってやがて師匠となります。ところがある時死んだはずのセクラの方から手紙が届きます。死んだのは見せかけで、その後セクラの方は政治的に重要な地位についており、セヴェリアンに自分のもとに来るよう懇願するのです。当然セヴェリアンは愛するセクラの方のもとに行くか、組合に忠誠を誓うかジレンマにおちいります。
ここでウルフはこの世界がもっと拡がりを持っており、ずっと長い作品に書き直すべきだと考えます。ウルフはこれを三部作として書き出しましたが、結局第三部が長くなりすぎたために第三部を二冊に分割することにして「新しい太陽の書」四部作が完成しました。
なおこのエッセイの中でウルフは自分にとっての「黄金の書」として、ジャック・ヴァンスの "The Dying Earth" (邦題「終末期の赤い地球」久保書店刊、ただし絶版)の名を挙げています。
「新しい太陽の書」が書かれるにいたった経緯に関する別のエッセイ。ここでは「新しい太陽の書」を書き始める際に漠然と抱いていた文学的衝動が列挙されています。
なお "Helioscope" とは「太陽」を観察するための器具のことです。
"Helioscope" に関する補足説明。この中でウルフは以下のように自分の本職の説明をしています(抄訳)。
私は「プラント・エンジニアリング」という雑誌の編集者をしていて、ベアリングや電気ドリルや水圧ポンプやなんかの技術記事を書いたり、他のライターから記事を買って編集したり、記事のため写真をとったり、インタヴューしたり、下調べをしたり、合衆国中を旅行したりしています。
「新しい太陽の書」各巻のエピグラフにある詩の出典を紹介したもの。
またセクラの方が朗誦する以下の詩は、イングランド王ヘンリー2世の愛妾 Fayre Rosamund ( -1175)に捧げられたものだそうです。
ここに貞節のローズならぬ恩寵のローズ、眠る。
立ち昇る香りはローズの香りにあらず。
ヘンリー2世は迷宮を造ってロザムンドをその奥に隠しますが、怒った王の正妻に襲われます。刺繍をしていたロザムンドは、糸玉をポケットに入れて逃げますが、刺繍台を取り落としたために、糸を辿ってきた敵に殺されます。また "Rosamund" は「世界の薔薇」を意味します。なおウルフ自身が「新しい太陽の書」における「薔薇」のシンボリズムについて別の場所でも語っています。
「新しい太陽の書」の中の難解な古語、外国語を解説したもの。ただし「拷問者の影」に登場する単語のみ掲載。
「新しい太陽の書」登場人物の名前の由来を説明しています。タロス博士の劇に登場するメシアとメシアンヌは、ペルシア神話中のアダムとイブにあたる、とされており(ジャハイも同様にペルシア神話中の女の魔物)、するとやはりこの劇はゾロアスター教の影響が強いということになるかもしれません。また劇の各登場人物を誰が演じたのかも示されています。
騎馬による戦闘が歩兵に対してどのように有効かという考察。グアザヒトの部隊でセヴェリアンが騎乗したような(おそらく)遺伝子改変されてスピード、力ともにパワーアップした馬にケブラー繊維の防護服を着せれば、現代の戦闘でも十分強力な兵器となる、というようなことが書いてあります。
「新しい太陽の書」の登場人物(セヴェリアン、ドロッテ、ロッシュ、イータ、グルロウズ師、パリーモン師、セクラの方、タロス博士、ジョナス、アブディースス、メリト、ハルヴァード、フォイラ、アッシュ師)が語る小噺集。ロッシュのパートはこんな感じです。
ずっしりした財布を持った男が売春宿を訪れた。売春宿の主人は、愛らしく露のように輝くブロンドでレイヨウのように優雅な娘を見せて言った。「50オリカルクです」
「いいや、もっと安い娘を見せてくれ」
主人が口笛を吹くと、肉感的なブルネットがあらわれた。「30オリカルク」
「いや、もっと安いのでいい」
主人が口笛を二度吹くと今度は華やかで情熱的な赤毛の女が出てきた。「この娘は本日のスペシャルです。通常なら70オリカルクのところを、今夜だけ、旦那にだけ、たった20オリカルクでお世話します」
「もっと安い女を頼む」
「これでうちの娘は全部ですよ。ねえ、旦那、ひとつお聞きしていいですか。いったいぜんたい今晩のご予算はいかほどで?」
「100オリカルクだよ」
「100オリカルクですって。今日お見せした娘全部合わせてもそんなにはしないですよ。だって100オリカルクあれば三人まとめて買うことだってできますよ」
「ああ、だけど今晩はここがまだ一軒目なんでね」-- "These Are the Jokes" p.268 in "Castle of Days"
作家志望のファンの質問にウルフが一問一答で答える形のエッセイ。いわゆる小説作法でなく、書いた小説をどこに持ち込めばよいのかとか、大学の小説講座やワークショップに参加する意味はあるかとか、エージェントの役割とか、出版社との交渉とか、コンファレンスに参加する場合に覚悟すべきこととか、けっこう実務的なことが細かく書かれています。
「新しい太陽の書」執筆中から刊行にかけての出来事をつづったエッセイ。主としてウルフのエージェントのヴァージニア・キッドと担当編集者のデイヴィッド・ハートウェルとのやりとりが書かれています。途中で契約内容が変わったり、ハートウェルが Patnum/Berkley を解雇されて Pocket Books/Simon & Schuster に移籍したため、ウルフの「新しい太陽の書」も結局 Pocket Books から出ることになったりといった出来事や、出版社との契約書の内容が書かれていてなかなか興味深いものがあります。例えば本のタイトルを変更する権利は出版社が有するとか、それには著者の同意がいるとかいらないとか、この項目を契約書の第7条第a項にするか第7条第b項にするか弁護士と話し合うとか、いかにもアメリカらしくて面白いです。
このエッセイの後半は「拷問者の影」が出版された後に、いかに反響があったか、誰がどの書評でそのようにコメントしてくれたか、といったことを大変細かく書いてあります。ウルフは自分でも大傑作と思って書いた作品が大絶賛されて嬉しくてたまらないようで、これもなかなか微笑ましいものがあります。
"The Castle of the Otter" の後日談であるとともに、エッセイ集のエピローグです。