ultan.net: 登場人物

Last Updated:

10/23/2005




セヴェリアン坊や Little Severian

スラックス北方の森林地帯に住んでいた少年。ビーキャンとキャスドーの息子でセヴェラと双子のきょうだい。

扉のすぐ手前までいった時に、一人の女が現われた。その顔は繊細な感じで、幽霊に取りつかれたような目つきさえしていなかったら、美人といってもよいほどだった。しかし、衣服はぼろぼろで、清潔でなかったら乞食と間違われてもしかたがない状態だった。次の瞬間、そのスカートの後ろから、母親よりも大きいくらいの目をした丸顔の小さな男の子が覗いた。--「警士の剣」第14章

この小さな男の子の名前は偶然セヴェリアンであることがわかります。当然物語の中で「偶然」同じ名前の人物が登場することなどありえないわけで、ここには作者から読者に対する何らかのメッセージが存在すると考えるのが自然でしょう。

「というと、あんたはここで生まれたのではないんだね」

「ええ」彼女はいった。「セヴェリアンだけ……」微笑が消えた。

「セヴェリアン、だって?」

「息子の名前よ。入ってくる時、あの子を見たでしょう? 今はこっそりこちらを覗いているわ。時々、聞きわけがなくなるの」

「それはぼくの名前だ。ぼくはセヴェリアン師というんだ」

彼女は子供に呼びかけた。「聞いたかい? 旦那の名前はお前と同じなんだって!」--「警士の剣」第14章

セヴェリアン坊やの双子のきょうだいであるセヴェラと、父親であるビーキャンとは、既にアルザボの餌食となっています。セヴェリアンはキャスドーの家を襲ったアルザボをなんとか撃退しますが、皮肉にも一家はその後獣化人に襲われ、セヴェリアン坊や以外の全員が殺されます。

わたしは少年の姿を捜して、あたりを見回した。そして、彼がアルザボの背中にしがみついているのを見つけて、ぞっとした。おそらくアルザボは彼の父親の声で呼び、少年はそれに引かれてやってきたのだ。今はアルザボの胴体の後ろの四分の一が痙攣して震え、目は閉じられていた。わたしが少年の腕をつかむと、牛の舌よりも幅が広く厚みのあるアルザボの舌が、少年の手をなめるように現われ、それから、わたしが思わず見なおすほど強烈にその肩が震えた。舌は完全に口に戻らないで、草の上にだらりと垂れた。

わたしは少年を引き離していった。「もう終わったよ、セヴェリアン坊や。怪我はないか?」

彼はうなずいて、泣きだした。それから長い間、わたしは彼を抱いて歩き回っていた。--「警士の剣」第17章

セヴェリアンは、一人だけ生き残った自分と同じ名前を持つ幼い少年を連れて旅をすることにします。

幼いセヴェリアンは最初は眺めているだけだったが、やがて、自分でも小さい石を運んできて石塚を完成させた。それから流れに入って、砂と汗を洗い落としていると、彼が尋ねた。「あんた、ぼくの叔父さんなの?」

わたしは答えた。「父さんさ――少なくとも今はね。人は父さんを失ったら、新しい父さんを持たなければならないんだ。坊やのように小さい子の場合はね。ぼくがその新しい父さんだ」--「警士の剣」第17章

セヴェリアン自身、幼い頃から拷問者組合によって育てられており、両親の記憶を持ちません。両親を亡くしたばかりの、自分と同じ名前の幼い少年の中に自分自身の姿を見て、強いシンパシーを抱くのは当然ともいえます。またある種の「父性本能」のようなものも認められるでしょう。しかしそれだけならば、作者がわざわざ少年に「セヴェリアン」という名前を付ける必要はないでしょう(さらに、わざわざ双子のセヴェラを登場させて主人公セヴェリアン自身の双子のきょうだいの存在を暗示する必要もないでしょう)。ここには、単なるセヴェリアンの「父性本能」以上のものが示唆されているように思います。

彼はうなずいて、じっと考えこんだ。それからまったく突然に、わたしはほんの二日前の夜に見た夢を思い出した。すべての人々が、一組の入植者の夫婦の子孫であって、全員が血の絆で結ばれていることを自覚している世界の夢を。父の名も母の名も知らないわたしが、自分と同じ名前を持つこの子供に対して、強い連帯感を抱くのも無理のないことかもしれない。いや、その点では、会っただれに対しても、連帯感を抱いて不思議はないのだ。夢に見たその世界は、わたしにとって、身を横たえるベッドだったのだ。--「警士の剣」第17章

ここでセヴェリアンの見た夢とは、ドルカスと別れ、ひとりスラックスから逃亡して山中に入った夜、寒さに凍えながら満天の星の下で夢想したものです。なお以下の引用にあるように、この時セヴェリアンは眠っていたわけではないので、「夢」よりは「夢想」の方が良いでしょう。

わたしはマントで頭を包んでしまうと(発狂しないために、そうせずにはいられなかった)、それらの太陽の回りをまわっているいろいろな世界のことを考えはじめた。(中略)住民のすべてが、自分らは植民者のただ一組の夫婦の子孫であることを知っており、たがいに兄弟姉妹として付きあっている世界。--「警士の剣」第13章

セヴェリアンは、ウールス以外の様々な世界に思いを馳せるとともに、やや唐突に世界の全ての住民が一体感を持った世界を夢想します。これは人間の世界から離れた山中で一人きりであり、また生まれ育った組合を裏切り、ドルカスからもある意味見捨てられた境遇のなせる業かもしれません。またセヴェリアンはいずれ独裁者となり、ウールスの人民を代表する(まあ実際にはウールスの中の限られた領域である<共和国>の支配者にすぎないわけですが)運命を担うわけです。それにしても、このシーンより前には、セヴェリアンが人類愛、というか他者に対する自然な愛情を示した場面はほとんど存在しないように思います(もちろん異論はあるでしょうが)。強いて言うなら、トリスキールに対する愛着だけは、普通の意味での愛情に近いのかもしれませんが。そう言えばセヴェリアンがトリスキールを養い始めた場面に興味深い述懐があります。

今は、わたしは自分の塔からずっと遠くまで旅をした経験があるが、それでも常にわれわれの組合のパターンが、あらゆる職業の社会において、(<絶対の家>のイナイア老の鏡の反復のように)無意識に反復されているのを知っている。だから、彼らもすべてわれわれと同じ拷問者なのだと知っている。獲物が狩人に抵抗するのは、われわれの客人がわれわれに対抗するのと同じである。買い手と売り手、共和国の敵と兵士、被支配者と支配者、男と女。みんな自分の亡ぼすものを愛している。--「拷問者の影」第4章

一読するとちょっと屈折した哲学的な台詞のように読めなくもありませんが、しかしよくよく考えてみると、これはいかにも馬鹿げた論理です。セヴェリアンにとって、この世のあらゆる関係は拷問するものと拷問されるものしかありえない、「みんな自分の亡ぼすものを愛している」というのですから。このような奇妙な論理の持ち主であるセヴェリアンにとって、「たがいに兄弟姉妹として付きあって」おり、「全員が血の絆で結ばれていることを自覚している」世界とはどのようなものなのでしょう。そして自分がその世界の独裁者となった場合、セヴェリアンの世界と人民に対する「愛情」はどのような形をとるのでしょう。

わたしは幼年時代に、月の緑の円盤が実は天空に浮かぶ一種の島であって、その色は、今では記憶もさだかでない古い時代に、最も初期の人類が植えた森林から発するものであることを初めて理解した時に、そこに行く意志を固め、それから、その後知るようになったほかの宇宙のほかの世界のすべてを目標に加えたものであった。(中略)

今、この昔の憧れが再燃した(幼い徒弟時代のほうが、こうして逃亡者として追われる境遇よりも、星界を空想する機会が多かったのは確かだから)。この気持ちは年月の経過とともに次第に滑稽なものに思われてきた。しかしその間に、欲望を可能なものだけに限定することの愚かさをも悟ったのであった。だから、今の気持ちのほうがはるかに強烈だった。そして、どうしてもいくぞと決心した。--「警士の剣」第13章

セヴェリアンが幼少時代から、宇宙に対する漠然とした憧憬の念を抱いていたのは、「拷問者の影」第2章の記述などからも事実でしょう。しかし、このスラックス近くの山中でセヴェリアンが抱いた観念は、漠然とした憧憬などではなく、宗教的な<啓示>に近いものだったのではないかと思われます。それでは孤独感以外にいったい何がセヴェリアンに啓示をもたらしたのでしょうか。

この引用部分の直前では、セヴェリアンは夢の中で「非常に明るく輝いている二つの大きな星」をヘトールの瞳だと勘違いして目覚めます。

すっかり目覚めてから、彼の瞳だと思った光点は、実は、薄い澄んだ空気の中で非常に明るく輝いている二つの大きな星だとわかった。

(中略)

また空は、宇宙が永久に落ちこんでいく底なしの穴である、という感じも強かった。世間の人が、あまり長く星を見つめていると、引きこまれそうな感じがして怖くなるというのを聞いたことがある。わたし自身の恐怖は――実際に恐怖を感じたのだが――遠い太陽に関するものだけでなく、むしろ、その大きく開いた虚空そのものにあった。あまり怖いので、凍えた指で何度か岩にしがみついたほどだった。--「警士の剣」第13章

発狂するほどの恐怖感のあまり、マントで頭を包んでしまうほどだったにもかかわらず、セヴェリアンの意識の流れは、世界と人類に対する(奇妙な)連帯感と愛情から、上記の宇宙への欲望へと移り変わっていきます。確証はありませんが、「非常に明るく輝いている二つの大きな星」こそがセヴェリアンをこの宗教的な啓示へと導いた<燃える柴>だったのではないかと思います。またそれは "The Urth of the New Sun" の内容とも繋がっていると思います。もっともなぜ「二つの星」なのかはよくわかりませんが。

みんな死んでしまった。ついに会うことのなかったセヴェラもビーキャンも、老人も、犬も、キャスドーも、そして、今は幼いセヴェリアンもフェッチンさえもすべて死んでしまい、すべてわれわれの時代を包み隠している霞の中に消えてしまった。わたしには、時間そのものが一つの物質のように思われる。そして、そのかたわらをわれわれは海に向かって、ギョルのように流れ過ぎていく。雨にでもならないかぎり、そこからもとに帰ることは決してないのだ。

その時わたしは、この巨大な山の人形(ひとがた)の腕の上で、時を征服したいという野望を知った。これと較べれば、遠い太陽たちの野心も、他の種族を従えたいという羽根飾りをつけた小族長の煩悩にしかすぎないような、野望を知ったのだ。--「警士の剣」第24章

生まれ育った拷問者組合を裏切り、またドルカスと生き別れになった時、セヴェリアンは宇宙に行きたい、他の星を征服したいとの欲望を抱きます。自分と同じ名前を持ち、自分の分身であると同時に息子でもあるセヴェリアン少年を失った時、セヴェリアンの欲望はさらに肥大化し、宇宙のみならず時の支配者となることまで欲します。これこそが、セヴェリアンがウールスの独裁者となり、また<調停者>=<破壊者>として愛するものを全て亡ぼすことを可能ならしめた契機なのかもしれません。

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