ultan.net: 登場人物

Last Updated:

10/08/2005




セア Thea

高貴人セクラの方の腹違いの妹。独裁者に反逆するヴォダルスの后となった女城主。

一人の女がいった。「ランプをつけなさい」それは鳩の鳴き声のようだったが、緊迫した響きがこもっていた。

(中略)

暗闇に目が慣れてきたので、その女のハート形の顔を識別することができ、また、彼女がヴォダルスと呼んだ男と同じくらい背が高いこともわかった。--「拷問者の影」第1章

「拷問者の影」の冒頭、まだ拷問者組合の徒弟であったセヴェリアンが共同墓地で出会うのが、ヴォダルスとともに死体を掘り出そうとしていた高貴人セアです。ヴォダルスの命を救うとともに、生まれて初めて美しい高貴人の女と出会ったことからセヴェリアンの物語は始まるわけで、ある意味セアの方はセヴェリアンの「女性遍歴」の起源となる女性です。

セアこそ、わたしの初恋の人だった。また彼女は、わたしが救った人のものだったから、わたしは彼女を崇拝してもいた。最初にセクラを愛したのは、彼女がセアを思い出させるからにほかならなかった。今(秋が去り、冬がきて、春がきて、年の終わりであると同時に始まりでもある夏がふたたびきて)わたしはふたたびセアを愛した――なぜなら、彼女はセクラを思い出させるから。--「調停者の鉤爪」第10章

男しかいない拷問者の中で育てられ、初めて美しく高貴な女性を目にした少年にとって、セアが「初恋の人」となったのは、不思議ありません。しかしながら、この部分でのセヴェリアンの述懐「最初にセクラを愛したのは、彼女がセアを思い出させるからにほかならなかった」というのは、少々ひっかかります。共同墓地でセヴェリアンがセアを見た時は、暗闇の中でなんとか「ハート形の顔」を識別することができただけだったはずです。雰囲気やなにかから、あるいは例えば声だけからでも恋に落ちることはありうるでしょうが、セヴェリアンの場合には彼の「絶対記憶」が、たとえ実際にはセアの顔をはっきりと見ていなくても、「高貴で美しい初恋の人」という観念から逃れることを困難にしています。

現実にははっきりセアの顔を見ていないにもかかわらず、セヴェリアンのセアの容姿に関する記憶は、<紺碧の家>で偶さか出会った売春婦によって補われます。

だれかが彼女に声をかけ、「まあ、お姉さま」と呼んだ。そして、さらに数段上がって見ると、それはヴォダルスと一緒にいた女、つまり、ハート形の顔をした黒頭巾の女と瓜二つだとわかった、そいつはこちらには目もくれずに、わたしが道をあけるやいなや急いで階段を降りていった。

「もう一人お待ちになれば、どんな女が出てきたか、これでおわかりになったでしょう」どこかで知ったとわたしが気づいていたあの微笑が、この売春婦の口の片隅に隠れた。--「拷問者の影」第9章

この売春婦は実際にセアのカーイビットなので、確かにセアに生き写しではあるのでしょう。しかし、セアに関するセヴェリアンの記憶は、少なくとも容姿に関する記憶はこの時に始めて明瞭なものになったはずです。このことは以下の引用部分で明らかです。

「わたしがなぜここに入れられたか、知ってる?」

「何かご姉妹の事だと聞きましたが」

「腹違いの姉妹のセアがヴォダルスのところにいったの。彼女は彼の情婦だという噂だけれど、それはきわめてありうることだわ」

わたしは<紺碧の家>の階段のてっぺんで見たあの美しい女を思い出して、いった。「わたしはあなたの腹違いの妹さんを一度見たように思います。共同墓地でした。彼女と一緒に、仕込杖を持った、とてもハンサムな高貴人がいました。その人は、自分はヴォダルスだといいました。その女の人はハート形の顔で、鳩を思わせるような声でした。あれがそのかただったのでしょうか?」--「拷問者の影」第10章

セクラの方に対して共同墓地でのセアとの出会いを語っているにもかかわらず、この時セヴェリアンがイメージしているのは<紺碧の家>の売春婦であるわけです。それではセヴェリアンにとってのセアとは、一体どちらの女性なのでしょう。実は、現実にヴォダルスの側にいる高貴人の女性と、<紺碧の家>の売春婦のどちらもがセヴェリアンの中の「セアの方」とは異なる存在であるかもしれません。さらに(うがちすぎかもしれませんが)これはセヴェリアンにとっての「真実」とは何か、という問題と結びついているように思います。ヴォダルスのコインを受け取った時に「記号」によってセヴェリアンのその後の人生が決まってしまったと同じく、セアの「鳩の鳴き声」のような声を聞き、「ハート形の顔」を見た時に、セヴェリアンの女性に対する見方が固定され、同時に彼にとっての「真実」は、現実の世界がどうであるかに関係なく決定してしまったのかもしれません。(現実の女城主とカーイビットの関係については、カーイビットの項を参照してください)

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