ultan.net: 登場人物

Last Updated:

05/18/2002




ヴォダルス Vodalus

独裁者に公然と反抗する高貴人。森のヴォダルス。木の葉の君主。セクラの方の姉妹であるセアの方の情夫。

このすべては暗闇と霧の中で起こった。それをわたしは見た。もっとも――さっきのハート形の顔をした女がそうであったように――男たちの大部分はぼんやりした影にしか見えなかったが。しかし、何かがわたしの心に触れた。その女性が大切な人らしく思えたのは、たぶん、彼女を救うために進んで生命を捨てようとするヴォダルスの態度のせいだったろう。また、彼への賛嘆の念をわたしの心に燃え上がらせたのは、たしかにそのひたむきな態度だった。それ以来、市の立つ町の広場のぐらぐら揺れるプラットフォームの上で、テルミヌス・エストを台に置き、惨めな浮浪者を足もとにひざまずかせ、群衆の憎悪のささやきを耳にし、歓迎とはほど遠いものを感じ取り、そして、自分のものでない苦痛と死に不安な喜びを見出す人々の感嘆を感じ取りながら、私はしばしば墓地のヴォダルスを思い出し、これを振り降ろす時は、彼に代わって切りつけるのだと、なかば自分にいいきかせながら、愛剣を振り上げるようになったのである。--「拷問者の影」第1章

「新しい太陽の書」の物語は、セヴェリアンが川で泳いだ帰り道に通りかかった墓地で偶然生命を助けることになるヴォダルスとの出会いで幕を開けます。ヴォダルスは独裁者の権力に対して反乱軍を組織し、独裁者を倒すためにエレボス、およびその奴隷であるアスキア人と同盟を結んでいます。読者は、セヴェリアン自身がいったいどのような人間であり、どのような社会に属しているのか理解する前に、いきなりセヴェリアンがヴォダルスに忠誠を誓う場面に出くわします。この時点では、どうもヴォダルスが善玉で、独裁者というのが悪玉らしい、といった漠然とした描き方で、しかし何故セヴェリアンが初対面のヴォダルスに忠誠を誓うのかはっきりしません。

われわれは記号を発明したと信じている。しかし、真実は、記号がわれわれを発明したのである。われわれは、それらの定義を下す固い刃によって形成された創造物なのである。兵士たちは宣誓をすると、独裁者の横顔を刻んだアシミ、つまり一個のコインを与えられる。それを受け取ることは、軍隊生活の特別の義務と重荷を引き受けることである(中略)このようにして、コインがポケットに落ちこんだ時、わたしはヴォダルスが率いる運動の主張について何も知らなかった。しかし、まもなくすべてを知るようになった。なぜなら、それらが肌に感じられたからである。彼とともにわたしは独裁制を嫌悪した。もっとも、それを何と置き換えたらよいか、見当もつかなかったけれども。また、独裁制に対抗して立ち上がることをせず、みずからの最愛の娘を独裁者の儀式的妻妾の地位に縛りつけている高貴人たちを、わたしは彼とともに軽蔑した。また、規律と共通の目的に欠けた一般的大衆を、わたしは彼とともに唾棄した。--「拷問者の影」第1章

独裁者の命により拷問をおこなうことで大衆の憎悪の対象となる定めのセヴェリアンが、自己の行為を正当化するために、独裁者への対抗勢力であるヴォダルスのイメージに同一化を図ったということはありそうなことです。一方、先の引用部分にあるように、セヴェリアンがヴォダルスからコインを受け取るというまさにその行為によって、好むと好まざるとにかかわらずヴォダルスへの忠誠を誓うことになったとも考えられます。

自分がある意味で正気を失っていることに初めて気づいたのは、この混乱の時期だった。それを、わたしの生涯でもっとも悲惨な時期だったと主張することもできたろう。(中略)そして今、わたしはもはや、自分自身の心が自分に対して絶対に嘘をついていないとはいえない。自分の嘘のすべてがわたしに跳ね返ってきた。そして、すべてを覚えているわたしは、これらの記憶が自分の夢以上のものだと確認することができない。わたしは月光に照らされたヴォダルスの顔を思い出す。しかし、あの時、わたしはそれを見ることを望んでいた。わたしに話しかけた彼の声を思い出す。しかし、わたしはそれを聞くことを欲したのだった。また、あの婦人の声だって、そうなのだ。

ある凍えるように冷たい夜に、わたしは例の霊廟にこっそり戻っていき、あのクリソス貨幣をふたたび取り出した。その表面の、擦り切れた、男のようでもあり女のようでもある落ち着いた顔は、ヴォダルスの顔ではなかった。--「拷問者の影」第3章

ヴォダルスからもらったコインの力により忠誠を誓ったはずなのに、コインに描かれている顔はヴォダルスでなく独裁者の顔であるというジレンマがあります。かつ後にこのコインは実は贋金であるらしいことが明らかになります。贋金のコインにより誓ったヴォダルスへの忠誠は、セヴェリアン自身が認めているように正気を失ったセヴェリアンが自分の見たいものを造りだしたものかもしれません。なお "The Castle of the Otter" 所収のエッセイ "Hands and Feet" の中でウルフは「コインは太陽の象徴である」と書いています。従って、セヴェリアンはヴォダルスに忠誠を誓ったと自分では思っていても、実は誓いの対象は<新しい太陽>であるわけです。ところで先に引用した「これらの記憶が自分の夢以上のものだと確認することができない」という部分はちょっと重要かもしれません。完全な記憶を持つと設定されたセヴェリアンの語る物語を、読者は当然実際に起きた物事と判断するわけですが、実はそうではないかもしれない、ということがここでは示唆されているのです。

セヴェリアンがヴォダルスへの忠誠に捕らわれることになった理由をセヴェリアン自身が解釈している部分がもう一つあります。

諸君と同様の普通の人間になれるなら――日々に記憶が薄れると文句をいっている諸君のような人間になることができるなら――わたしは何を投げうっても惜しくはない。わたしの記憶は決して薄れない。それは常に残っている。そして、最初の印象のとおりに常に新鮮である。だから、いったん記憶を呼び起こすと、わたしは金縛りのようになって、その記憶の中に運び去られてしまうのである。(中略)

もしわたしが諸君と同様に薄れる記憶の持ち主であったら、群集を肘でかき分けて歩いたあの朝に、疑いなく彼を退けていただろうし、それによって、ある意味で、これらの言葉を書き連ねている今もわたしを掴んでいる、この生の中の死から逃れたことであろう。いや、ひょっとしたら、全然逃れなかったのかもしれない。そうだ。たぶん逃れはしなかったのだろう。いずれにしても、あの古い、想起された感情はあまりにも強烈だった。かつて感嘆したものへの感嘆の念に、わたしは捕えられてしまったのである。ちょうど、琥珀の中に捕えられた蝿が、大昔に消えた松か何かの木の捕虜として残っているように。--「調停者の鉤爪」第1章

完全な記憶力という呪縛のゆえに、セヴェリアンはたとえ自分でも不合理と思われる想念からさえ逃れることはできなくなっていることがここでは示唆されています。それではいったいセヴェリアンに自由意志というものは存在するのか、という疑問がわいてきます。

それではヴォダルスはいったい何のために独裁者と戦い、アスキア人や、あまつさえエレボスと同盟を結んでいるのでしょうか。

「いいかね、われわれの知恵が退化したのではない。退化したのは力なのだ。学問は絶え間なく前進してきた。しかし、たとえ人間が征服に必要なすべてを学んでしまっても、世界の力というものが消耗してしまったのだ。われわれは今、前人の廃墟の上に、不安定に存在している。一部の者が、飛翔機で空中を飛んで、一日に一万リーグ旅するとしても、その他の者はウールスの皮膚の上を這っているだけで、その西の端が上昇して太陽を隠す前に、一方の地平線からもう一方の地平線までいくことはできない。きみはさっき、あの虚弱で愚かな独裁者に王手をかけるといったが、今は二人の独裁者がいると考えてもらいたい――覇権を賭けて争っている二大勢力を。白組は物事を現状のままに維持しようとしており、黒組は人間の足をふたたび君臨への道に置こうとしている」--「調停者の鉤爪」第10章

ヴォダルスの考えでは、独裁者はウールスを停滞させたまま現状維持しようとしていますが(それはある意味事実です)、自分は社会を「進歩」させ、人類に力をもたらし、ウールスの民をふたたび宇宙に君臨させようと考えるのです。そのためには同じく「進歩」を選んだアスキア人やエレボスと同盟を結ぶこと(見方によっては利用されること)を選択したのです。それは1,000年の昔にテュポーンがやろうとしたことと同じであり、イナイア老と歴代の独裁者は、その方法がうまくいかないとわかっているからこそ、別の方法――<新しい太陽>の招来――を選択したのです。失われゆく科学技術を維持するために、ヴォダルスはアルザボの薬を用いて死者の記憶・知識を共有する儀式を日常的に執り行います。

「この薬の使用法を教えたのは、われわれの同盟者だった。彼らは人間がふたたび浄化されて、宇宙を征服して彼らと結合する用意ができるのを待っている。この動物を持ちこんだのは、秘密の邪悪な計画を持った別の者たちだった」--「調停者の鉤爪」第11章

セヴェリアンを味方につけるためにヴォダルスはアルザボを用いてセクラの方の死肉による饗宴を催し、セヴェリアンはアルザボと<鉤爪>の力の相乗効果により、セクラの方を自分の内に復活させることになります。こうしてヴォダルスはセヴェリアンが独裁者の地位につくきっかけとなるとともに、セクラの方と一体化することによってセヴェリアンが独裁者となる準備をする助けをします。もっともヴォダルス自身は、自分が何をやっているのかよくわかっていないようです。

高貴人ヴォダルスが彼女の行為によって死んだことは、既にお聞きおよびでしょう。彼の愛人、女城主セアは最初、彼が死んだときに周囲にいた手下どもの指揮をとろうと試みましたが、彼女は決してその器ではなく、ましてや南部の部下たちを統率する力量はありませんでした。わたくしは工夫して、このアギアという女をセアの代役に立てました。彼女に対するあなた様の従来からの恩寵を考えますと、必ずやご承認を得られるものと存じます。たしかに、過去においてあのような有用性を発揮した運動を維持することは望ましいことであり、また、ヘトールという来訪者の鏡が壊れずにいるかぎり、彼女はもっともらしい指揮官として役割を果たすことでありましょう。--「独裁者の城塞」第35章

結局ヴォダルスは、前の独裁者とイナイア老のシナリオ通りに動き、独裁者への反乱者という役割を演じさせられていたにすぎないようです。

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