翻訳に関するノート

Last Updated:

10/16/2005




岡部宏之訳「新しい太陽の書」の翻訳に関して

当たり前ですが、どんな翻訳でも完璧というわけにはいきません。特に「新しい太陽の書」のような作品の場合、言葉に多義的な意味があったり、登場人物がわけのわからないことを言ったり、翻訳者泣かせと言えるでしょう。岡部氏はこの難物を訳すに当たって相当ご苦労なさったのではないかと思います。逆に、日本語訳で意味不明であっても、原文を読んでみると案外すっきりするような場合もあります。

以下では、筆者が気がついた箇所につき、原文と照らし合わせて「おそらくこちらが正しいだろう」という訳を記載しています。なおこれは翻訳をチェックする目的で全文確認作業をおこなったわけではなく、たまたま気がついた部分に関する、あくまでも覚書です。また当然筆者自身の解釈が間違っている可能性もありますのでご注意ください。

高貴人(エグザルタント)

それが "高貴人"(エグザルタント)〔貴族のこと。平民よりも背が高いので、このシリーズの中で皮肉な気持ちをこめて使われている〕の口調とは、未経験のわたしにはわからなかった--「拷問者の影」第1章

上記カッコ内の「貴族のこと」以下の部分は原文には存在しないため、訳注だと思われます。確かにウールスの社会における "exultant" は封建領主的な支配階層であり、いわゆる「貴族」に似ていなくもないですが、果たして「高貴人」という訳が適切かどうかは別の問題です。

"exultant" という英語は「歓喜した、勝ち誇った」というような意味です。どうも「高貴な」という意味は無さそうですし、また「平民よりも背が高い」という説明も意味不明です。この単語の語源はラテン語の "exsultare" (跳びはねる)であり、勝利の喜びに跳びあがるところからきているようです。であるならば、例えば「歓喜人」のような訳語の選択も可能かもしれません。

それでは何故ウールスの支配階層に "exultant" という語が用いられているのでしょうか。他の社会階層では、大郷士(armigers)、上流人(optimates)、平民(commonality)、玉座の従者(servants of the throne)、宗教人(religeous)など、いずれも現代でもまあ一般的に通用する用語があてられているのに対し、"exultant" という語は社会階層の名称として、あまり普通ではないように思います。例えば以下の引用部分にヒントがあるのかもしれません。

「あれは本当に古い家系にちがいない」わたしはジョナスにささやいた。「彼女を見てごらん!まるで木の精だ。柳の木が歩いているみたいだ」

「ああいう古い家系は、最も新しいものなんだよ」彼は答えた。「古代には、彼らのようなのは全然いなかったんだから」--「調停者の鉤爪」第10章

これには二通りの解釈が可能です。まず一つには "exultant" は比較的最近に宇宙からウールスにやって来て支配階級となった人々であると考えられます。もう一つの可能性は、遺伝子操作等の手段で人工的に造りだされた種族だということです。いずれにしても戦争なり権力闘争なりに勝利して「歓喜した、勝ち誇った」支配階層というようなニュアンスがあるように思います。

マドロス組合

この種類に入るのは、ハドリアンの日を祝う兵士の組合、バルバラの日を祝うマドロス組合、マグの日を祝う魔女の組合、その他いろいろある。--「拷問者の影」第11章

これは140ページの記載ですが、「マドロス組合」とされてい単語は原文では "matrosses" であり、63ページの「砲兵隊」と同じものです。従ってバルバラの日を祝うのは「砲兵隊組合」となります。キリスト教における聖バルバラは建築家・消防士・武器職人の守護聖人とされていますので、砲兵隊組合の守護聖人にふさわしいと言えます。

エレボス、アバイア、スキュラ

《あなた、太陽を食らう黒い虫を殺す英雄よ。あなた、空があなたのためにカーテンのように分かれるお方よ。その息が、巨大なエレボスを、波の下を転げ回るアバイアとスキュラを縮こまらせる、あなた。最も遠方の森林の最小の種子の中にも、人の目の届かぬ暗黒の中に転がりこんだ種子の中にさえも、等しく住んでおられる、あなたよ》--「調停者の鉤爪」第4章

上記引用部分では「巨大」なのはエレボス、「波の下を転げ回る」のはアバイアとスキュラと読めますが、実際には

"you whose breath shall wither vast Erebus, Abaia, and Scylla who wallow beneath the wave"

であり、また "wallow" は「転げ回る」という意味もありますが、ここではもう一つの意味である「快楽にふける」の方が適切だと思われますので、「波の下で快楽にふける巨大なエレボス、アバイア、スキュラを滅ぼすあなた」と訳した方が良いように思います。

ビーキャン

「それで、おまえの妻と息子を、こいつが食うことに同意するつもりか、ビーキャン?」

《そうするように導くつもりだ。いや、導いている。ここにいるわれわれのところに、キャスドーとセヴェリアンも呼びたい。セヴェラを今日呼んだように。火が消えたら、おまえも死ぬ――われわれといっしょになる――彼女らも同様だ》--「警士の剣」第16章

ここでアルザボの中のビーキャンは「セヴェラを今日呼んだように」と言っていますが、「警士の剣」162ページのキャスドーの台詞からは、最初にアルザボに喰われたのはセヴェラで、次に父親のビーキャンがアルザボの犠牲者になったはずです。実はこの部分の原文は、

"I want Casdoe and Severian to join us here, just as I joined Severa today."

なので

「おれが今日セヴェラのところに来たように、キャスドーとセヴェリアンもここに来てほしいんだ」

とするのが正しいと思います。

アスキア人の乳房

敵がみんな同じ顔つきをしていることに気づくまでに、半ダースものアスキア人を切り倒したにちがいない(中略)狂乱の人影には、男性も女性もあった。女は小さいがゆらゆら揺れる乳房を持ち、身長が頭半分低かったが、それ以外に男女の相違はない。みな大きく、ぎらぎら光る凶暴な目と、頭の地肌すれすれまで刈りこんだ頭髪と、飢えた顔と、絶叫する口と、目立つ歯を持っていた。--「独裁者の城塞」第22章

「小さいがゆらゆら揺れる乳房」ってどんなんだ?と原文を見ると、"small but pendulous breasts" とされています。で、"pendulous" を辞書で引くと「揺れている」「垂れ下がっている」とあります。「小さいが垂れている乳房」ではあんまりなんで、ここは岡部訳のままの方が良いかもしれません。

蜂蜜管理官

「きみはあらゆることを覚えている。だから、<紺碧の家>にきた夜のことを思い出すにちがいない。あの夜、ほかのある者がわたしのところにきた。わたしはかつては<絶対の家>の使用人だった・・・・・・だから彼らはわたしを憎むのだ。きみも憎まれるぞ。前歴が前歴だから。パエオンという人がいる。彼はわたしを教育してくれた。五十年前には蜂蜜管理官だった男だ。わたしは彼が本当は何なのか知った。なぜなら、それ以前に彼に会っていたからだ。彼はきみがそれだと・・・・・・次の人だと、教えてくれた。こんなに早くそうなるとは思っていなかった・・・・・・」--「独裁者の城塞」第25章

この訳では蜂蜜管理官だったのはパエオンだったのか、「わたし」つまり独裁者だったのかはっきりしませんが、原文では蜂蜜管理官だったのは独裁者です。なお独裁者の名前はアッピアンで、アッピアン(Appian)は「ミツバチの」を意味する "apian" に通じます。

"You remember everything, and so you must recall the night you came to my House Azule. That night someone else came to me. I was a servant once, in the House Absolute.... That is why they hate me. As they will hate you, for what you once were. Paeon, who trained me, who was honey-steward fifty years gone by. I knew what he was in truth, for I had met him before. He told me you were the one... the next. I did not think it would be quite so soon...."

該当の部分を訳しなおすと次のような感じでしょうか。

わたしを教育してくれたのはパエオンという人だった。その頃、もう五十年も前になるが、わたしは蜂蜜管理官だった。

裁かれるセヴェリアン

二つの説明を考え出したが、両方ともとてもありえないようなものである。ドルカスとわたしはかつて、現実の世界の事物の象徴的意義について語りあった。哲学者たちの教えによれば、事物というのは、それ自身よりも高い次元にあるものを表わし、また、より低い次元においては、今度はそれらの事物自身が象徴化されているという。(中略)もしわたしが、話に聞く<白い泉>で太陽の若さを取り戻すべき人物だとしたら、わたしはほとんど無意識のうちに(この表現を使って差しつかえないとすれば)、更新された太陽のものである生命と光の属性をすでに与えられているのではないだろうか?

今述べたもう一つの説明は、ただの想像の域を出ない。しかし、マルルビウス師がいったように、星々の間でわたしを裁くものたちが、わたしが失敗したら男性を取り上げるとしても、もしわたしが人類の代表として彼らの願望に従い、同等の価値のある贈り物をすれば追認される、ということになるのではないか?わたしには正義がそれを要求しているように思われる。もしそうなら、彼らの贈り物は、彼ら自身がそうであるように、時間を超越しているのではないだろうか?--「独裁者の城塞」第34章

上記引用部分の二番目の段落がちょっとわかりにくいですが、原文では

The other explanation I mentioned is hardly more than a speculation. But if, as Master Malrubius told me, those who will judge me among the stars will take my manhood should I fail their judgment, is it not possible also that they will confirm me in some gift of equal worth should I, as Humanity's representative, conform to their desires? It seems to me that justice demands it. If that is the case, may it not be that their gift transcends time, as they do themselves?

となっているので、以下のように訳した方が良いような気がします。

もう一つの説明はほとんど憶測に過ぎない。しかしマルルビウス師が言ったように、星々の間でわたしを裁く存在が、わたしが失敗した場合にわたしから男性としての機能を奪うとするなら、かわりに同じくらい価値のある贈り物を授けてくれるということも有り得るのではないか?なぜならわたしは人類の代表として、裁くものたちの望みに従って行くのだから。わたしにはそれが公正なことだと思われる。もしそうなら、贈り物は贈り主自身と同じく時間を超越して働くのではないだろうか?

拷問者としてのイータ

イータがわたしの腕に触った。「あの娘――マクセリンディス――に危険があると思いますか、あの船に乗っていて?」

「それほどのことはない。彼女といっしょにいれば、おまえのほうがよほど危険だ」わたしは言った。彼にはこの言葉の意味がわからなかったが、わたしにはわかっていた。彼にとってマクセリンディスは、セクラとはちがう。彼の物語が、わたしのものと同じになることはありえない。しかし、笑みを含んだ茶色の目の、あのお転婆娘の顔の背後に、わたしは<時>の回転する回廊を見たのだった。愛は拷問者にとって長い労働である。そして、たとえわたしが組合を解体するとしても、イータはやはり拷問者になるだろう。なぜなら、人間は富への軽蔑心がなければまともな人間とはいえず、人間はすべて拷問者であって、その意図のいかんにかかわらず、天性格によって苦痛を与えるのであるから。わたしは彼を気の毒に思い、船乗りの娘マクセリンディスをもっと気の毒に思った。--「独裁者の城塞」第37章

ところでこの「イータはやはり拷問者になるだろう」以下の部分はちょっと意味が通りにくいと思います。原文では、

"Eata would become a torturer, as all men are, bound by the cotempt for wealth without which a man is less than a man, inflicting pain by his nature, whether he willed it or not."

なので、"without which""contempt" でなく "wealth" にかかる方が自然でしょう。そうすると

「イータは誰もがそうなるように拷問者となるだろう。そして富なくして一人前の男とは言えないにもかかわらず富を軽蔑することにとらわれ、望むと望まざるとによらず相手に苦痛を与える人間になるのだろう」

といった訳になると思います。

ドルカス、オウエン、キャサリン

ドルカスとキャサリンはセヴェリアンの父母であり、ドルカスは彼の祖母という関係になる。--「独裁者の城塞」第37章訳者註記

上記は「独裁者の城塞」初版第一刷に付けられていた訳者註記ですが、当然ながらドルカスはオウエンの間違いです。なぜこのような明らかな間違いをわざわざ註記として付けたのか意味不明ですが、同書巻末の訳者付記には以下のように記されています。

本書の37章、および38章に付した註の内容については、作者ジーン・ウルフ氏のご親切なご教示を得ました。ここに記して感謝いたします。--「独裁者の城塞」巻末訳者付記

あくまでも推測ですが、内容についてウルフに確認したところ意味不明の回答が来てしまい、しかたがないのでそのまま第37章の註記としたものの、そのままだとおかしいので、さらに巻末付記で言い訳をした、といったところかもしれません。なおこの部分については、先日増刷された第二刷では以下のように修正されています。

オウエンとキャサリンはセヴェリアンの父母であり、ドルカスは彼の祖母という関係になる。--「独裁者の城塞」第37章訳者註記

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