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06/23/2002
ネッソスはウールスの南半球にある大陸を版図とする<共和国>の中心的な都市です。中心部に広大な草原(パンパ)、南に寒冷な島々、北に山岳地帯、さらにその先には熱帯のジャングルを有する<共和国>とネッソスの位置関係は、現代の地理でいうなら南アメリカ大陸を思わせます。<共和国>中心部はアルゼンチン、北方の山岳地帯はアンデス山脈、ディウトルナ湖はチチカカ湖、北方のジャングルはアマゾン川上流、アスキア人はパナマ地峡を越えて北アメリカからやって来る、と連想するとわかりやすいと思います。
船首と船尾が高く鋭く反り上がり、帆いっぱいに風をはらんだ軽帆船が黒い流れに乗って南に進んでいくのが見えた。意志に反して、わたしの目はしばらくその後を追った――デルタ地帯まで、それから沼沢地まで。そして最後に、氷河前時代に宇宙の果ての海岸から連れてこられたあの巨大怪獣アバイアが、その中でのたうちながら、彼とその種族が大陸をむさぼり食う瞬間がくるのを待っているという、きらめく海まで。
それからわたしは南方と、そして氷が詰まっている南の海についてのすべての想いを放棄して、北方の山岳地帯と川の上流の方を向いた。(中略)北には<絶対の家>があり、大滝がいくつもあり、そして "窓のない部屋の町" スラックスがあった。北には広大な草原があり、道のない百もの森林があり、そして、世界の胴のくびれに朽ち果てていくジャングルがあった。--「拷問者の影」第13章
一方現代の地理をウールスにそのまま適用することはできないようです。
少したって――何かほかの仕事が行なわれるのを立って待っていなければならなかったので――この川の流れが基本的に北東に向かっていることに気づいた。そして、これまでに北東に流れる川を見たことがないことを思いだした。これまでの経験では、すべての川が南かまたは南西に流れ、南西に向かうギョルと合流していたのである。--「独裁者の城塞」第27章
現代の南アメリカ大陸では、大陸の西端にアンデス山脈が存在するため、主な河川は北部では東に、南部では南東または南に流れています。またアンデス山脈の西には大規模な平地はありません。セヴェリアンの時代は、現代から少なくとも数万年、あるいは数十万年も隔たっており、現代の地形が変わっていないと考える必要はありません。別の部分ではアジアを思わせる地域が遠い昔に海底に沈んだことが示唆されます。
キム・リー・スンなら、わたしが・・・・・・子供の・・・・・・頃には、非常にありふれた名前だったかもしれない。現在は海底に沈んでしまった場所では、ありふれた名前だったかもね。セヴェリアン、きみはわたしの船の名前を聞いたことがあるかね?≪幸運の雲≫というのだが」--「調停者の鉤爪」第15章
<共和国>自体も、現代の地理とは全く断絶した場所であると仮定することも可能ですが、「石の町」のエピソードなどを考慮すると、現代とは無関係とするのも無粋なようです。結局<共和国>はほぼ現代の南アメリカと同様の地域に存在するが、その地形はなんらかの大変動(例えば大陸の移動、隆起、沈没など)によって、現代とは大きく隔たっているとするのが無難でしょう。
ネッソス自体は、周囲を巨大な金属製の<壁>で囲まれた都市で、中心部を大河ギョルが北から南に流れています。町の中は一様ではなく、<独裁者の城塞>、商業地域、無人地帯、廃墟などに分かれています。特に南部の廃墟はきわめて広大な地域を占めています。セヴェリアンの乗った帆船サムル号は夜中にネッソス南部の<壁>を通過しますが、南の廃墟の、ドルカスが訪れる地域に着くのはその翌々日の朝です。そこから人の住んでいる地域までは一日半、さらに<城塞>までは約半日を要します。
このようなある夜、<壁>を通過してまもなく、船尾のほうにいってみると、航跡が蛍光を放って、暗い水面に冷たい火のように燃えていた。(中略)翌朝起こったこともまた、奇妙なことではなかったが、わたしは深い影響を受けた。(中略)
その日の時間がたつうちに、廃墟はますます明瞭になってきた。河が曲がるたびに、緑の壁が本来の堅い地面から、ますます高くそびえたった。翌朝、目覚めたときには、比較的丈夫な建物のいくつかに、上の方の階がまだ残っていた。その後まもなく、古代の突堤に、新しく作られた小船が繋がれているのが見えた。--「独裁者の城塞」第32章
次の日の夕方に、わたしがこれらのランタンのそばに立って、ドラムの音、長いオールが静かに水を打つ音、そして漕ぎ手の歌声に耳を傾けていると、川岸に初めて明かりを見た。ここは都市の死にかけた周辺部であり――つまり都市の生きている部分の端であり、また、死の支配がここで終わっているという意味でもあるにすぎない――貧乏人の中でもとりわけ貧乏な人々のすみかだった。(中略)
われわれは日中に市の<城塞>が建っている地域――南よりだが、南端というわけではない――に帆走で接近した。--「独裁者の城塞」第33章
サムル号がギョルを遡上する速度がどの程度かはわかりませんが、帆および漕ぎ手によって特に遅延もなく四日間にわたって航行しているのですから、<壁>から<城塞>まで数百キロはあるのではないかと思われます。もっともギョルはこの一帯で何度も蛇行して流れているようなので、直線距離ではその数分の一かもしれません。
セヴェリアンが組合から追放されて<城塞>からバルダンダーズと出会う宿屋までは徒歩で約半日、翌日アギアとともに植物園でアヴァーンを採取し、それからドルカスと三人で<血染めが原>に着いたのが午後遅くのことです。一日おいてタロス博士たちと出会った一行が向かうネッソス北部の<憐れみの門>までは、<血染めが原>から半日程度でしょう。従って<城塞>からネッソスの北の<壁>までは数十キロであり、<城塞>はネッソスの中央よりもかなり北よりに位置しているのではないかと思われます。
彼はまた指さした。<絶対の家>の庭園が、芝生に投げすてられた緑と金の肩掛けのように見え、その彼方にネッソスの<壁>と、巨大な都市、つまり<不滅の都市>そのものが何百リーグにもわたって広がっているのが見えた。--「警士の剣」第26章
1リーグは3マイル、つまり約4.8キロですので、この記述ではネッソスは直径数百キロにおよぶ巨大な都市のようです(なお手元にないため詳細は不明ですが、未訳の "Plan[e]t Engineering" の中にある地図によると、ネッソスの直径は20リーグ、つまり100キロ弱とされているようです)。その中でセヴェリアンが旅するのはほんの一部です。また広大なネッソスの中でも人の住む地域は限られています。人々は汚染から逃れるために少しずつ上流へと移動しており、<城塞>から南の地域は貧乏人の住む廃墟となっています。ギョルの水の汚染がネッソスの名前の由来となっています。
「都市は絶えず上流に這い上がっている。大郷士と上流人はより綺麗な水を求める――飲むためでなく、養魚池や、水浴や舟遊びのためだ。それからまた、あまり海のそばに住む者は、常にいくらかうさん臭く思われる。だから最も下の地域、つまり、水がもっとも汚れている地域は、だんだん放棄されていき、結局、法の手も及ばなくなる。それで、後に残った連中は、煙が注意を引くことを恐れて、火を焚かなくなったのさ」--「拷問者の影」第8章
「古代には、この世界の君主たちは自分自身の人民以外に恐れるものはなかった。そして、人民からわが身を守るために、この町の北の丘の上に巨大な砦を築いた。それは当時はネッソスとは呼ばれていなかった。なぜなら、川は毒で汚染されていなかったからだ」--「拷問者の影」第35章
ネッソスを取り巻く<壁>は途方もない大きさを誇っています。直径は上に述べたように数百キロ、また高さもおそらく数キロにおよぶ巨大な構造物です。
わたしは<壁>の方を指さした。それは今は遠くに、普通の城壁が鼠の前にそびえているかのようにそびえていた。それは入道雲のように黒く、頂上にはいくらかの雲がかかっていた。(中略)
その高さについてはすでに語った。これを飛び越えることのできる種類の鳥はほとんどないだろうと思う。鷲、大型の山のテラトルニス、そして、たぶん野生の鴨とその同類は、飛び越えるだろうが、それ以外にはほとんどいないだろう。--「拷問者の影」第35章
<壁>は厚みも相当あり、三箇所ある門(セヴェリアンがスラックスに向かう時に通る<憐れみの門>、ネッソスの南にある<悲しみの門>と<賞讃の門>)に入るのはまるで鉱山に入るかのようです。その厚みの内部はハニカム構造になっており、少なくとも門の近くでは独裁者の無数の兵士や退化人たちが中に住んでいます。
このような巨大な構造物がいったい何の目的で造られたのでしょうか。作中ではアスキア人、およびその同盟者のエレボス、アバイアからネッソスを守るためとの示唆がありますが、それにしてはあまりにも大袈裟なものですし、だいいち<壁>の内部のネッソスの町にはさして守るべきものもないような気がします。海外での議論では、もともと<壁>は巨大な粒子加速器だとか、軌道エレベーターの構造の一部だとか(ならば赤道直下にないのはおかしいような気もしますが)いう意見もあるようです。一方例によってサイリアカの語る古代の物語によると、機械が人類への復讐のために造り続けた「嵐の前の雲の峰のような都市」の残骸がネッソスの<壁>として残っているのかもしれません。独裁者の兵士と退化人が守ることから、ウールスに<新しい太陽>をもたらすための大きな計画と何らかの関係があるのかもしれません。
「都市からクリーム容器にいたるまで、あらゆる物の製造は機械にまかされていたの。そして機械は、巨大なメカニズムのような都市の建設を一千世代も続けたあげく、今度はまるで嵐の前の雲の峰のような都市とか、龍の骸骨のような都市を作りはじめたのよ」--「警士の剣」第6章