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11/17/2002
拷問者組合を裏切ったセヴェリアンが形式的には執政官を補佐する警士として、実質的には流刑の地として送られるのがスラックスの町です。
スラックスの町はどこにあるか、パリーモン師に尋ねた。
「ギョルの下流だ」彼はいった。「海のそばだ」それから、よく老人がやるように、急に言葉を切って、いった。「いや、違う、わたしとしたことが、何を考えて入るのかな?ギョルの上流だ、もちろん」--「拷問者の影」第13章
このパリーモン師の言葉はなかなか興味深いものですが、それはともかくとしてスラックスの町はギョルを遡った<共和国>の北方にあって、交通の要衝となっています。
この町の繁栄は、この町が川の航行可能な部分の末端にあるという位置に負うている。アシス谷を北上して船で運ばれてきたすべての物資は――その多くはギョルの真の水源であるかもしれないこの小さな川の入り口に入る前に、ギョルの全長の十分の九を運ばれてきたのだが――もっと先まで運ぶとすれば、スラックスで船から降ろされ、動物の背に乗せて運ぶことになる。逆に、自分らの羊毛や穀物を南の町に運びたい山地種族の首長や、この地域の地主は、それらをスラックスまで運んできて、アシーズ城のアーチ形の余水路をごうごうと流れ下る大瀑布の下で、船に載せなければならない。--「警士の剣」第1章
この時代の<共和国>では主な街道は独裁者の命により封鎖されているため、交易のかなりの部分はギョルの川を航行する船によっているものと思われます。スラックスの町は実質的に<共和国>の経済的・政治的影響がおよぶ最後の砦であると言えます。このような地政学的な事情から、スラックスは町全体が要塞となって外的からの攻撃を防御を最優先してつくられています。
セヴェリアンが逃走のために選んだルートを見れば、町からの出口がいかに厳重にコントロールされているか、よくわかる。執政官自身の砦、アシーズ城(つまり、剣の切っ先の兵営)は、谷の北端を守っている。それは町そのものの中にある彼の宮殿からは、完全に切り離されているらしい。南端はキャプルス(つまり、剣の柄)によって封鎖されている。これは明らかに要塞化された壁であって、ネッソスの<壁>の縮小版である。断崖の上でさえも壁に連結された砦によって守られている。--「警士の剣」付録
スラックスの町はギョルの上流にあるアシス川の険しい峡谷に造られた町です。谷間の北端には大瀑布があり、それをまたぐ形でアシーズ城が建設されています。また町の南端には川を横切ってキャプルスと呼ばれる壁が存在し、非常時にはアーチ型の門から鉄格子が降りて川の行き来を遮断します。
「まだ、キャプルスの壁に、船の通行を妨げる鉄格子は降りていないだろう。真夏までは、あそこの急流に逆らって攻撃をしてくる心配はないと、アブディーススは知っているから。だが、きみはアーチの下をものすごい早さでくぐり抜けなければならないし、溺れるかもしれない」--「警士の剣」第12章
スラックスの町では平地は川沿いのわずかしかないため、住民たちは両側の切り立った断崖に住居を構えて生活しています。
スラックスは山脈の心臓に刺しこまれた曲がった短刀である。それはアシスの狭い谷間に横たわり、さらに上のアシーズ城まで伸びている。ハレナ、パンテオン、その他の公共の建物はすべて、城と、谷の狭い部分の下端を閉ざす(キャプルスと呼ばれる)壁の間の、平らな土地を占めている。町の個人の建物は両側の断崖を這い上っており、家も岩そのものに掘りこまれているものがかなり多い。ここから、スラックスのニックネームの一つ――<窓のない部屋の町>が生まれたのである。--「警士の剣」第1章
川の両岸での差異は特にないようですが、スラックスの町では断崖の斜面のどのあたりの高度の場所に住むかで貧富の差があらわれます。崖の一番上の部分は最も川から遠くて不便であると同時に、外敵からの進入を最も受けやすい場所でもあります。
ネッソスでは、金持ちはギョルの水の、より綺麗な北のほうに住み、貧乏人は水の汚い南の方に住む。このスラックスでは、その習慣はもはや当てはまらない。アシス川の流れはとても速いので、上流の住民(もちろんその人数は、ギョルの北の江区の住民の千分の一にしかならない)の排泄物は、流れにほとんど影響をおよぼさないし、また、水は瀑布の上から取られ、導水管によって公衆の泉と裕福な家庭に運ばれるので、金持ちも貧民も――工業用水とか、総洗濯日のように――大量の水を必要とするとき以外は、川に頼る必要はないのである。
このようにして、スラックスでは貧富の差は、高低の差に表われる。最も裕福な階級は川に近い一番下の斜面に住み、そこからは容易に商店街や公の役所にいけるし、また、ちょっと歩けば桟橋について、そこから奴隷の漕ぐ軽舟(カイーク)に乗って、細長い町のどこにいくこともできる。暮らし向きがもう少し劣る金持ちは、それよりももう少し高い場所に住み、一般に中流階級は、またその上に住む。このようにして、最後に最も貧しい住民は、崖の頂上の堡塁の真下に住む。その家はたいてい泥と葦で作った草葺きの小屋で、長い梯子を使わなければ、家に入ることができない。--「警士の剣」第2章
セヴェリアンの勤務する<獄舎>は、川の西岸の比較的上部にあります。一方セヴェリアンがドルカスを見つけた埠頭や<雁の巣亭>、またジャダー少年と病気の少女に出会うあばら家はいずれも川の東岸です。セヴェリアンは東岸に行くためにアシーズ城を経由していますが、どうやらスラックスの町の全長はせいぜい数キロメートルというところのようです。町の住民が川の両岸を行き来するには、セヴェリアンのようにアシーズ城またはキャプルスの壁を経由するか、川べりの埠頭から船で対岸に渡るようです。
スラックスの道にもっと慣れていれば当然予測できたように、その狭い街路がわたしの予想を裏切ったのだ。なぜなら、斜面をくねくねと蛇のように這っているこれらの曲がりくねった細道は、たがいに交差することはあるにしても、全体としては上下に通じているのであって、崖にしがみついている一軒の家からほかの家にいくには(それらが本当に隣接しているか、または直接上下に位置しているのでなければ)いったん川端の中央通りまで降りて、それから登りなおす必要があったのである。こうして、まもなくわたしは東の崖の、西の崖にある<獄舎>と同じくらいの高さのところに出てしまい、旅籠を出た時よりも<獄舎>に着く望みは、より薄くなってしまった。--「警士の剣」第3章
セヴェリアンがサイリアカを逃がして執政官を裏切ったことが知られた以上、両端をアシーズ城とキャプルスに挟まれたスラックスの町から、警戒態勢を突破して逃走するのはほとんど不可能のようです。また<獄舎>自体も監視されているはずです。そこでセヴェリアンが<獄舎>に水を供給するための貯水池を利用することを思いつきます。
その貯水池は、スラックスの西の縁を守る城壁からわずか百歩(ペース)しか離れていなかった。その城壁には塔がいくつもあった――その一つは貯水池のすぐそばにあり、この時までに守護兵が、わたしが町を抜け出そうとしたら逮捕するように命令を受け取っていたことは疑いない。崖に沿って歩いていくと、時々、城壁の上をパトロールしている兵士の姿がちらちら見えた。彼らの槍は点火されていなかったが、星空を背景にして、羽根飾りのついた兜が見え、ときにはそれにかすかに明かりが反射して見えたりした。--「警士の剣」第12章
すなわち、貯水池の水門を開いて水を<獄舎>にすべて流出させ、水のなくなった水路を通って<獄舎>に入り、下水道を抜けてキャプルスの壁の下に抜ける道です。こうして無事スラックスを脱出したセヴェリアンは、追っ手を逃れてさらに北方の山岳地帯に向かいます。
スラックスの町は<共和国>の辺境に位置するためだけあって、ネッソスの周辺とはやや異なる人々が住んでいるようです。
ここでは街路は、種々雑多な人間で混雑している。しかし、彼らは単に山地の環境の多様性を反映しているにすぎない。だから、羽を両側の耳覆いに使った鳥の生皮の帽子をかぶった男、または、毛むくじゃらなカペルの毛皮のコートを着た男、または、顔に入れ墨をした男を見たとき、わたしは次の曲がり角で、さらに何百人ものそのような部族民を見るかもしれないのである。
これらの人々が折衷人(エクレクティクス)である。彼らは、ずんぐりした、色の黒い土民と混血した南方からの植民者の子孫であって、彼らの習慣のあるものを採用し、それと、もっとずっと北のアンピトリュオーン人から得たまた別の習慣や、少し離れていて、もっとよく知られていない交易種族や地方民の習慣を、ごちゃまぜにして身につけている人々である。--「警士の剣」第2章
この箇所に限らず<新しい太陽の書>では<土民>と南からの<植民者>、両者の混血である<折衷人>とがはっきりと区別されていますが、これは現在でいう単なる人種の違いとはちょっと違うような気がします。「調停者の鉤爪」のジョナスの言葉(正確にはジョナスの心の中をセヴェリアンが想像したもの)に次のようなものがあります。
彼が振り向いてこちらを見たときに、その目が、おまえは馬鹿だなあ、われわれだって変化しているんだよ、と語っているのがわかった。--「調停者の鉤爪」第8章
これはセヴェリアンの時代の人間が、星間帝国の時代を経て、現在の人間とは実はまったく変わってしまっていることを意味します。何がどう変わったのかははっきりと言及されませんが。そうすると、セヴェリアンたちが<土民>と呼ぶ人々が現在の人類の直接の子孫で、<共和国>の多くの人々は星から帰ってきた、変化した人類ということかもしれません。